線路の上を歩く音が4つ、森の間に響いていた。
太陽を受けた緑の香りが風に乗って届き、マクワは息を吸い、身体全体でその清々しさを受け止めた。
かつては人々の賑わいがあったこの道も、今は自然の静けさに包まれている。
鉄道のレールは錆びつき、土に埋もれた砂利の間から雑草が顔を覗かせている。
マクワがふと後ろを見れば、セキタンザンは少し後ろを歩いていた。彼の重い足音が鉄のレールだけを鳴らしていく。
木漏れ日がセキタンザンの黒い体に柔らかく降り注ぎ、彼の黒い表皮を温かく照らしていた。セキタンザンの背中では赤い炎が静かに燃えており、ぱちぱちと火の粉が上がる。
周囲の空気が温まり、頬を撫でる風が熱を帯びて、暑さが足を重くするものの、汗ばむ感覚が心地いい。
しばらく進んでいくと、緩やかなカーブをなぞるように据えられた、大きなコンクリートが見えてきた。上には錆びた日よけや朽ちた木材のベンチ、標識が残っていて、ここが駅だったことを知らせていた。
「ほとんどそのままですね……。ここは大昔、炭鉱職員用の駅だったそうです。この先に炭鉱町があったのだとか」
マクワはスマホロトムを見、セキタンザンに語りかけながら、足元の雑草や苔を避けて進んだ。コンクリートのホームはマクワの肩くらいの高さがあり、横に立つと重ねられたブロックの間に隙間が出来ていて、野生のポケモンたちの齧った後がよく見える。
ふとホームの向こう側を見ると、マクワの目に小さな影が飛び込んできた。
注意深く進むと、そこには蹲るトロッゴンと、その傍らに寄り添うタンドンの姿があった。
タンドンはマクワの影に驚き、トロッゴンの身体に隠れた後、不安そうな目でマクワを見上げていた。
トロッゴンは苦しそうに身を縮こませていた。
「これは……トロッゴンが怪我をしているのですね」
マクワはトロッゴンに近づき、膝をついた。セキタンザンもその場に立ち止まり、静かに見守っている。
慎重に白い手を伸ばし、蹲るせきたんポケモンの腹部に触れる。セキタンザンに似ているが、手に付着する粉の量が多いことに気づいた。
彼は驚くそぶりを見せたが、静かに耐えていた。よほど傷みがひどいのだとマクワは悟り、前足のほうに触れた。
明らかに通常のトロッゴンの身体にはない深い傷があり、小さな金属片が刺さっていた。歪なその形は、ひとが作って残したものと言うより、野生ポケモンの食べ残しのように見えた。
傷口に手が当たった瞬間、釣り目が思わず顔を顰める。
マクワは小さく謝りながら、怪我の状態を再度確認し、応急処置の準備を始めた。
「……今、手当てをします。動かないでください」
マクワは鞄を降ろし、努めて優しく声をかけ、トロッゴンの怪我した部分にきずぐすりを吹きかけて、小型のメタルリムーバーを取り出すと、二股の中央を、金属片の根本に引っかける。
普段いわポケモンの手入れに使用する道具だった。
「少し痛むと思いますが……我慢できますか」
「ゴオオ」
マクワの言葉を替えるように、セキタンザンがトロッゴンに声を掛ける。すると通じたのか、トロッゴンの目を瞑った頭がこくこくと頷いた。
「ありがとう。……失礼しますね」
こん、ときみの良い音が響き、鉄くずが砂利の上に転がった。トロッゴンが大きく息を吐いたのがわかった。
マクワはその細長い丸足に包帯を巻いた。タンドンは心配そうに見守りながら、マクワの手元に視線を注いでいた。
「セキタンザン、君の炎で温めてください。治癒力を高めます」
マクワはその場を立ち上がって場所を譲った。セキタンザンはその背中から優しい炎を放ち、トロッゴンを温めた。
「トロッゴン、もう少しでよくなりますから。タンドンも安心を……と思いましたが、きみたちはひとに慣れていますね……?」
青年が微笑むと、隠れていたタンドンはその白い手に顔を擦り寄せ、安心したように小さく鳴いた。
苦しげだったトロッゴンの顔がようやく落ち着きを取り戻し、立ち上がる。
前足を片方ずつくるくると回して、動きを試していた。タンドンが素早く回転する足先を、きらきらした目で見つめていた。
「あまり無理をしてはいけませんよ。ゆっくり……帰ってくださいね」
トロッゴンとタンドンは、マクワに頭を下げて、古い線路を横切っていった。ささやかな安らぎの交差点だった。
風が木々を揺らし、葉っぱのささやきが静かに響いた。
「よかった……ですね」
マクワは振り返り、セキタンザンに目を向けた。彼も昔はトロッゴンであり、タンドンであったものだ。懐かしい遭遇に、セキタンザンは嬉しそうに笑っていた。
「セキタンザン、もう少し行きましょう。……彼らのようないわポケモンたちが、共に生活したであろう人たちの暮らした場所……早くこの目で見たくなりました」
セキタンザンは力強く頷き、その炎が一層輝きを増した。
柔らかな日差しが、二人の道筋を照らし続けていた。