あこがれ

大皿に山を作るスコッチエッグ、バスケットいっぱいのイングリッシュマフィン、ひとの頭ほどのサイズはあるサラダボウルとシチュー、ボトルに入ったミルク。
テーブルの上に並べられた昼食は湯気に乗せて、香ばしい香りを漂わせている。今日のいわジムの食堂は、入ったばかりの訓練生たちでにぎわっていた。
白いボブカットの少年、マクワもそのひとりとして、窓際の席に座り、まだ進化したばかりのトロッゴンとともに、テーブルにたくさんの食事を並べて昼休憩の時間を過ごしていた。

「たくさん食べてくださいね。今まで以上にエネルギーを使うのはきみの身体なのですから」

マクワは取り分け皿にきっちりと詰めて、バディの顔の高さの台の上に置いた。ちょうど半分ほどだが、マクワの取り分とほとんど変わらない量だ。
トロッゴンはテーブルの上を見上げ、さらに自分の目の前の台の上と見比べて違いのないものに、にっこりと笑ってスコッチエッグを口にした。

「ドゴゴオ」

トロッゴンの記憶では、自分の食事のほうがいつも多かったはずだった。タンドンから進化して、身体が大きくなった分、より量を増やしたと言っていたが、マクワも何か進化したのだろうか。

「……ぼくは進化”する”のです」

まるでバディの疑問に答えるように、だが表情を変えることなくマクワは言った。

「見ましたか? 今日のリーダーの模擬試合。キョダイマックスセキタンザン、本当に大きくて……強かったですよね。きみは必ずああなります。いえ……超えられるようにしてみせます。……でも、ぼくだって」
「ドドド」
「……さいわい、ぼくはもともと小食ではありません。……たくさん食べろと育てられてきましたから。食事量の増加は造作もありません。しっかり食べて、しっかり運動して……きみに負けないぐらいのデカさになってみせます」
「ゴオ」
「フフ、競争……ですね」

少年の手の中のフォークが小気味良い音を立てるのを、石炭の車は柔らかいたまごを咀嚼しながら聞いていた。

大皿いっぱいのカレーライス、まるで桶のような巨大なサラダボウル。
折り畳みのテーブルの上にずらりと並べられているのは、キャンプ用の昼食だった。
この日のワイルドエリアは汗ばむほどの日差しが降り注ぎ、絶好のトレーニング日和だった。
ハーフトーンの髪を立ち上げ、豪奢な首飾りと指輪、ジャケットをいわジムユニフォームの上に着た、立派な胴回りを持つ大柄な青年が、セキタンザンとともに食事を摂る。
あれからそれほど長い時間がかからぬまま、ふたりは揃って『進化』を遂げ、マクワはジムリーダーの座に就任し、トロッゴンはセキタンザンに進化した。
当時よりもさらに増やした量をぺろりと平らげて、マクワはすぐさま立ち上がり、走り込みのために背を向けた。

「時間が来たら呼びますから。それまで休んでいてください」
「シュポー……?」
「ぼくはだいじょうぶ。完璧なパフォーマンスのために……筋肉量をもう少し増やしておきたいだけですので。それに脂肪率もあげないと、きみに負けてしまいます」
「ぼお」

セキタンザンはぱちぱちと瞬きをした。そういえば、身体づくりの勝負をふたりでしていたことを思い出した。

「きみに相応しいひとでありたいのです。……せっかくのいわトレーナーですから」

そういってバディは再び背を向けて、走りだそうとした。だが、右足で地面を蹴った瞬間、ひととしては一段巨躯が傾く。慌ててセキタンザンは彼の元へと走り寄った。

「いっ……!」
「ボオ!!」
「……だ、だいじょうぶ……。少し痛む、だけですから……。……まさか疲労骨折……かな……」

マクワはその場に座り込み、右の足首を抑えていた。特に外傷は見当たらない。
すぐさま立ち上がり、再び駆け出そうとするその腕を、セキタンザンは掴んで引っ張った。

「シュポオー!」
「ちょ、ちょっと。ぼくはまだトレーニングの最中で……」

バディは有無を言わせず大きくなった人の身体を悠々と持ち上げる。

「うわっ……セ、セキタンザン……きみ……」
「シュポー」

それから仰向けのマクワの顔に石炭の頬をすり寄せた。

「……きみがこれほどまでに軽々しくぼくを持ち上げられるなんて……い、いえセキタンザンですから……当然ですけれど。……しかしタンドンのころでは考えられませんでした。……少しくやしいような……体重だって3倍しか違わないのに……」

セキタンザンは昔から知っている。彼は憧れのために、ただひたむきに走り続けてきた。自分と一緒にいるために、理想を叶えるために、邁進し続けるこの柔くて白いひとの足だ。
我慢強い彼が、無理を押し込めては自分の前で涙していた姿さえ、誰より近い場所で見続けてきた。

「い、いや、だ、ダメです。降ろしてください。ぼくはまだやることがあります。勝手にトレーナーを持ち上げるバディなんて……セキタンザン!」

彼が自分の不足を補い、戦い方や体のつくり方を教授してくれるように、ポケモンである自分は、彼よりも強い足になれる。
訓練続きで自分を労われないというのならば、バディであるセキタンザンが、マクワの心身に休息を与える番だった。

「シュポォー!」
「ああ、もう……ぼくの話を……。……本当に……きみには敵わないな……」

バディはくるりと方向を変えて、翼のように広がる城壁を前にした。
モンスターボールを下げたマクワの両手は、まだ石炭の胸の中にあった。
ナックルシティの階段は、もうすぐそこだった。