◆ポケットに玉石
突然光が爆ぜて、一瞬にして世界が切り替わる瞬間があった。
目の前に現れるのは、スタジアムに立つ強大な敵だったり、山の中でいつも通りの日課を準備して待つ相棒の時もある。はたまた彼の母親の愛情の前であったり、グラデーションのような色とりどりに変わる光景。
ヒトの英知の形であり、共に生きる恩恵の証明。セキタンザンにとって、摩訶不思議な時間の訪れは楽しみだった。
今、セキタンザンの前には、大きな横穴の空洞がぽかりと口を開けている。周辺には誰もおらず、しじまだけが広がっていた。
土と岩の濡れた香りが強く立ち込めている、洞窟の入り口だ。見上げると、岩と岩の隙間から、仄かに明るい光が見える。どうやらあそこから入ったことはわかった。
頭を揺らすと、堅い物がかつんと軽く当たる音がする。カメラもきちんとついているようだ。
「明日、石窟調査をお願いします」
昨日の夜、トレーニングを終えたマクワは、セキタンザンにそう言った。相棒曰く、内部の温度が70℃以上になる場所であり、湿度もほぼ100%の窟がある。重装備をした人間が入って、せいぜい数十分程度しか持たない。長時間滞在すれば、肺に水が溜まって死んでしまう事もあるという。故に鉱山関係者以外の立ち入りは固く禁止されている。
今回マクワはスポンサー特権で、自分のアカウントにて場所の紹介するという交換条件の元、特別な許可を得た。もちろんマクワは入れない。他のポケモンではこの高温多湿の環境には耐えられない可能性が高く、考え得る中での適任は、日ごろ苦手な水に対する訓練をしているマクワのセキタンザンだった。
だからセキタンザン一人で入山し、帰ってこなければならないのだと。
「環境は厳しい場所ですが、最深部には他ではない絶景が見られるそうです。きみの驚く様子も取れ高になると思いますから、それは辿り着いてのお楽しみという事で」
目的地が分からないのに進んで問題ないのか、とセキタンザンは考える。
「必ず行けばわかると言い切れるぐらいの絶景です。もちろん、ぼくが道中ナビゲートしますよ。採掘者が作ったマップがありますし……何よりぼくもこの目で見たいですから」
マクワは荷物から小さなケースを取り出した。黒いスーツケースのような箱の内部は、密度の高い緩衝材が詰められ、プラスチックの部品がたくさん入っている。
「スピーカーとライト付きの小型カメラです。これを君に付けて、そこからぼくが映像を見て案内します」
まるでおもちゃのように小さなカメラだった。マクワの手でも、小指の先程度しかない。四角い本体にちょこんと乗るレンズ。
「動画配信者に大人気の、耐熱・耐久性能抜群・暗視も可能な超広角プロ仕様です。もしうっかり水没しても問題ありません。……拾えさえすればですが。もちろん深追いは厳禁です」
マクワは改めてセキタンザンに向き直る。
「これはいくつでも買えますし、撮り直しも可能ですが、きみの替えはありえません。いいですね。きみは比較的平気な環境かもしれませんが、やはり過酷な場所で、ほとんどポケモンも住んでいないと聞いています。きみにも多少の負荷は掛かるでしょう。用心して進んでください」
「シュポォー!」
カメラとマイクの動作チェックを行い、セキタンザンはボールの中へ戻った。朝は体調チェックを行い、現れたのがこの洞窟だ。確かに温度は高く、じめじめベタベタしているが、変哲のない石窟の道に見える。気を抜くと、蒸気機関が動き出してしまいそうだった。
しかし、蒸気はレンズを曇らせることと、消耗を最小限に抑える為にご法度である。昨日のマクワとの約束だ。
『……聞こえますか?』
「シュポォ」
『よかった。こちらもクリアです。……昨日は気付きませんでしたが……きみのジムチャレンジのようですね。どきどき……しますか?』
「オオ!」
『……やる気が出たならよかった、です。しばらく道なりに進んでください』
「シュポ」
言われた通り、セキタンザンはなだらかな下り坂を歩く。しばらく進むと、急に足元が降っており、小さな崖のようになっている。なだらかだった岩肌が抉れだして、足場も悪い。
『ゆっくり降りてください』
「シュポォ」
『いよいよ……ですね。ここからしばらく降りる事が続きます。手足を滑らせないよう気をつけて』
セキタンザンは返事の代わりに、大きく切り立った岩に捕まりながら重たい身体を次の大岩へと下ろしていく。振り返った矢先、背中の石炭の天辺が一つ転がり落ちていった。セキタンザンは深呼吸すると、足場に立つ。再び今足場の岩から、下の岩へ身体を伸ばした。移動が終わり、また一つ息を吐いた。次は細い岩場をしばらく真っ直ぐ歩くことになりそうだ。
『問題ないですか?』
「シュポ」
『大丈夫ですね。まだ道なりが続きます』
濡れた岩壁が、まるで隣に倒れ掛かったかのような狭隘の道だ。天井は高いが、セキタンザンの大きさで少し余裕がある程度。たまに身体の向きを変えなければ通れない場所が出てくる。ぽたぽたと何処かで水の落ちる音だけが響いていた。
しばらくだんまりだったスピーカーから、落ち着いた声が届く。
『……これ、なかなかいいですね。きみの視線がよくわかる』
「ポオ」
『今度スタジアムで実践訓練する時、カメラ付けて行いましょう』
進んでいくと、天井の低い広間に到着する。セキタンザンは大きな身体を小さくかがめた。
『さすがに湿気がすごいですね……。カメラが曇ってしまう……もちろん曇り止めしたのですが……』
マクワの困った声を聴き、セキタンザンは頭の上に指を伸ばす。
『あ、いえ、大丈夫です……うわっ』
セキタンザンが大きく頭上に息を吹きかけると、焔が去った。熱は一瞬セキタンザンの周囲の湿気を追い払う。確かに瞬間的ではあるが、レンズ周りの水気はなくなった。しかし、あっという間に戻ってしまう。
『びっくりしました。周囲は大丈夫ですか!? 可燃性ガスはないかと思いますが……』
「シュポォ」
『……きみのその胆力を信じましょう。一か八か、試してみてもらいたい事があります。カメラのレンズに、ほんの少しだけタールショット、出来ますか?』
セキタンザンが、顔の前に自分の手を持ってくる。ひとつ息を吹きかけると、どろりとしたタールが纏わりついた
。極力薄くなるまで払い、マクワの誘導をに合わせて、カメラのレンズをそっとなぞる。少し色は黒っぽくなったが、水をはじいて玉を作った。
『ありがとうございます。良い感じ……。この辺の岩はすごいですね……酸化鉄かな……きみの好みのものはなさそうですね』
「シュゥ……」
『……残念かもしれませんが、今日の目的はこれからです……』
セキタンザンはぐるりと周囲を見渡して、気になった岩に頭を向けた。壁になっている岩肌を見ると、細かく白い結晶が茶色から生えるように無数に伸びている。
『……ここは元々鉄鉱山だったと聞いています。もっとも、採掘されていたのは上の方ですが』
「ポオ」
『フフ、もういいですよ。そこから3時方向に進んでください』
指示通り、少し拓いた岩の上を歩いていくと、さらに開けた道に出た。今までの狭さが嘘のようだ。しかし天井は変わらず低く、セキタンザンの背はすれすれで、続きなのだと感じさせる。
『ここからは一本道かもしれませんね。おや』
暗いはずの道の奥で、キラキラと遠くで瞬いていた。セキタンザンが顔を向けると当たった光を強く反射する。転がっていたのは、宝石を持った小さなポケモンだった。
『ひょっとして、メレシー……? 確かにここは高温ですが……』
セキタンザンは一回構えたが、メレシーは動かない。どうやら気を失っているようだ。
しゃがみ込み、手で揺らしてみると、小さな瞳がセキタンザンを見る。小さな悲鳴を上げて驚いた。しかし、動けないのか逃げていく気配はない。
『怪我している様子ですか?』
懐をごそごそと探すと、石炭と石炭の隙間から黄色いきのみが出てきた。セキタンザンは何も言わずに差し出す。
『あっ、それはきみ用の保険……! ま、まあよいでしょう……』
オボンの実を受け取ると、しゃくしゃくと食べだした。栄養を摂り、体力が戻ったのか、メレシーはふわりと浮かんでにっこり笑う。
「レララー!」
「ボボ!」
「ラリゥ」
くるくるセキタンザンの周りをまわると、セキタンザンを先導するように歩きだす。どうやらお礼がしたいらしく、この先にとても良い場所があるのだという。セキタンザンは相棒のいきたい場所かもしれないと想像したが、人間であるマクワにはわからない。
『道案内……してくれているのでしょうか。方向的には全く同じですが……』
「シュポオ」
相棒の返事を聞き、推測に間違いはなかったと考え、メレシーについていくことにした。
景色の変わらない、長く広い道を進んでいくと、急に天井が狭くなる。狭い入り口の穴を潜るようにして通ると、目の前の光景が一気に変わった。青白いクリスタルが視界いっぱいに広がる。
天井も床も壁も上も下も未来も過去も、全てここに境目は存在しない、時空を超えた結晶の宇宙。
巨大な透結晶が、どこまでも無尽蔵に伸びて行く手を阻む。小さな結晶たちは、移動する足を許さぬ程、短く怜悧に生えそろう。まるで水晶の体内に取り込まれ、食われてしまったかのようだ。
そんな非現実的な光景が、見渡す限り永遠のように続いている。
「シュポ……」
『……ほんとにこんなジオードが見れるなんて……』
セキタンザンと、その後ろにいる相棒が見とれて言葉を失っていた時、メレシーはふわふわと水晶の奥へと進んでいた。
セキタンザンは見失わないように慌てて進むが、床を埋めるのは無数の結晶の刃の先だ。
巨大な結晶だけを足場にしながら、跳躍して追っていく。
『あ、あまり深追いしてはダメです……! これがセレナイトなら、きみの体重では破壊してしまう可能性も……いや……普段の観測以上に大きく成長しているから、この厚みなら問題ないのか……』
マクワの言うとおり、結晶は少し音を立てるだけで、割れた様子はない。
長い水晶柱はセキタンザンの身長をゆうに越すほどの直径はありそうに見える。当然、柱の長さはおそらくビルにも負けないだろう。
何度か巨大な柱を潜り抜けて、乗り越した。さらに次の結晶によじ登り、見下ろした先。そこではたくさんのメレシーが、透石膏の間でキラキラと輝いては、ふわりふわりと浮かんでいる。
『……メレシーの住処になっているなんて……今まで誰も発見していないはず……』
「シュポォ……」
『……きみがポケモン1人だったので、警戒されずにすんだのでしょうか……』
セキタンザンは、ふと身体の力を抜くように、大きな水晶の上に座り、360度の視界全てを埋め尽くす結晶と、その合間で輝くポケモン達の姿を見る。
確かに、絶景だ。世界中探しても、ここと同じ景色は見つからないだろう。
長い年月をかけて作られた晶洞と、今を生きるいきものが生み出す奇跡の光景。
巨大結晶はまるで迷路を作るかのように、あちこちで手を繋いでいた。
『……すごい……本当にすごいですね……。なんだか……今、きみの隣にいなくてよかったと思ってしまいました……白い結晶が全部牙や歯……剣先に見えてしまって……』
「シュポォ」
『……きみは一緒に見たかったと? ……そっか。やっぱりきみが羨ましいな……』
メレシーたちがひげを揺らし合っている。終わった後のメレシーはみなセキタンザンに向けて頭を下げた。どうやらセキタンザンの安全性を共有してくれているらしい。
『多分、メレシーたちは最近住み着いた個体だと思います。さきほど言ったようにセレナイトの強度は低く、普通ここまで大きな結晶は出来ず、自重で破損します。……以前この空間全体に熱水が溜まっていて、無重力状態になっていたそうです。結晶の育つちょうど良い温度の水の中で、こんなにもすくすく伸びたのでしょう。そしてその水は炭鉱のため、比較的最近人間に汲み上げられました。流石のメレシーも、水中で暮らすことは出来ないはず……』
セキタンザンは、自分が水の中にいる所を想像してしまい、小さく震えた。気を取り直して、周囲を改めて見まわし、カメラを向けてみる。石膏の隙間で光を放つメレシーたちのお陰で、巨大な結晶群があちこちで輝いて、呼吸をしているようだ。星の瞬きにも似ている。
『すごいな……きっと何万年、何十万年も何事もなくこのままだったのだろうな……。長く変わらないからこそ、育まれるもの、か……』
近くに生えていた小さな破片は、万年氷のかけらのように見えた。セキタンザンの背中の赤い炎が映り、中で燃えている。顔を寄せて、マクワにも伝わるように観察をした。
静かに眺めていると、最初に出会ったメレシーがやってくる。
「ラーラ」
「ボオ」
メレシーは、にこにこ笑いながら自分の懐から彼の耳の長さ程もある水晶を渡す。セキタンザンはひとつ鳴いて、カメラの前に欠片を伸ばした。
いろんな方向から撮影できるように、なるべくぐるぐる回してみる。
『本当に綺麗ですね……。ってきみ、それを貰ったのですか?』
「ゴォ!」
『……きのみのお礼、かな』
マクワが小さく声をあげた。時計か何かを見たのだろう。
『……そろそろ切り上げられますか? 正直なところ、きみの蒸気機関がいつ発動してもおかしくないのです。それだけならよいですが……当然きみの身体にも負担なので』
そういえば、いつになく身体が軽くなり続けていたな、とセキタンザンは思い返す。同時に予想以上の疲労感もあった。高い湿度の中に居続けた影響で、身体の中に水が溜まっているのかもしれない。
『しかし困ったな。きみの正確な居場所が分からなくなってしまいました……。これが方向さえものともしない、奇跡的な自然の力……』
「レシ?」
「シュポォ」
にこにこ様子を見ていたメレシーが、セキタンザンの周りをくるくる踊るようにまわると、すっと前に出た。
『……ひょっとして、案内してくれるのですか』
「シュポ!」
メレシーの後について、セキタンザンは進んでいく。再び棘だらけの水晶の迷宮の中、足場を選びながら歩いた。横に伸びた水晶を潜り、時に綱渡りの要領で伝っていく。見えたのは、小さな穴だ。
メレシーはくるりと回ると、ここを進めと合図した。
「レララ!」
「ポォー!」
『ああ、ここです、この竪穴の形、ぼくが案内したかった場所だ。よかった……。もう大丈夫です。……メレシー、ありがとうございました』
「レー!」
メレシーに背を向けて、セキタンザンは上向きに空いた穴をよじ登る。
『このまま真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ進んでください』
目の瞬くような光景は終わり、再び洞窟に戻った。しかし、そこには電源を通した灯りがある。段差に階段さえ備えられており、ひとが通れるようにきっちり四角で岩壁が切り開かれていた。
何度か進んでいくと、車が走れそうなほど広い洞窟の道に出る。
そうして灯りを辿った先、久しぶりに見た太陽の柔らかな日差しがセキタンザンを呼ぶ。
「ここです! ありがとう、お疲れ様でした」
タブレットを片手に、スマホロトムを連れて、インカムを付けたマクワが手を振っていた。すっと吹き抜ける風が心地よく、高すぎる湿度を攫って行った。
温かな光に照らされ、少しだけ目に刺激がある。今まで暗がりにいたセキタンザンは、思わず日光を吸い込んだ細い琥珀へと抱き着いた。
「シュポォ!」
「うわあ、やっぱりきみ、べたべたになっていますね……。これはしんどいでしょう」
マクワは軽くセキタンザンを叩き、自身を腕の中から離させる。一度タブレットを鞄に戻すと、大きなタオルを取り出した。その間、セキタンザンは身体のあちこちに残る水を飛ばすため、顔や体を震わせる。セキタンザンを座らせると、身体全体を拭きあげた。
「……いかがでしたか?」
「シュ ポォー!」
「有意義でしたら……よかったです。ぼくもきみのおかげで、ぼく自身では絶対に見れないものが見れました。……なにより、君の視線に近い場所から見れたのがよかった」
全身を撫でるようにした後、一旦マクワはタオルの水気を絞って畳み、少し離れた。セキタンザンが体内の炎を何度か強めると、残った水分を含んで、辺りに湿った空気が飛んで行く。
そしてセキタンザンは、懐に入れたままだった結晶の破片をマクワに渡した。
「本当に透明度の高いセレナイトですね……! 何十万年もの年月が凝縮したかけら……帰ったら晶癖を見なくては。ああ、そうだ、これを」
欠片を受け取り、オボンの実と交換する。消耗していたセキタンザンは、その黄色い果実にかぶりついた。元気な様子を見て、マクワは砂利で出来た地面に座る。
相棒の体表の影にまだ少し残っていた水分を、タオルの乾燥した面を押しつけ吸い取った。セキタンザンが、そのたびに気持ちよく目を細める。
「今の道は、ひとが探索用に作った経路です。あの洞窟は広いので、いくつか入り口があります。きみに最初入ってもらったのは、いわゆる裏口……のようなもので、普段人間は使いません。
ひょっとするとメレシーたちが、移動するために開けたものを、借りていたのかも……」
柔い指が、瞬く太陽の陽ざしに、透明な石を翳す。屈折した光の中の世界はすこし不格好だが、澄んでいて美しい。
「……晶洞の保全を兼ねて、近い将来、再び地下水が戻されると聞いていました。メレシーのためにも、今日来てよかったですね……。ただ洞窟を見てもらうつもりが、大きな意義を持ってしまいました。……ぼくが一番驚いていると思います」
「シュポ!」
「……きみには、本当に教わってばかりですね……。セキタンザンのおかげで、ぼくの狭い世界がどんどん広がっていて……」
マクワは、セキタンザンのモンスターボールを手に取ると、掌の上で転がした。
「実は、ジオードの事を……”ポケット”と呼ぶことがあります。大切なものを入れておく場所、宝物の在りか、という意味を込めて。それを……今日、思い出しました」
セキタンザンは考える。狭い世界が広がるのは、自分も同じなのだ。マクワと知り合わなければ、自分達「石」が作りうる、素晴らしい輝きに触れることなく命を終えていただろう。
紛れもなく、彼と、彼らが作ったたくさんの物が生み出す魔法のような技術の賜物だった。
マクワが大きなタオルを、鞄の上の日差しに当て、少し乾かす。緊張が解けて、小さなあくびに変わった。
ふと、涙目混じりのマクワは、セキタンザンを見上げる。
セキタンザンが無事だったことで、すっかり失念していたらしい。まだカメラは回ったままだ。
マクワはぎこちない表情を浮かべて立ちあがった。
「……ところでそろそろ……カメラを外したいのですが……」
セキタンザンは立ち上がると、少し離れてマクワを見下ろした。当然マクワの手では届かない高さになる。いつもは撮られる側なのだ。たまには、ひとに見せないマクワ自身の映像を残してみたい。
「……も、もういいですから、早く……。こちらばかり見なくていいから……あ、ああもう! ここの下りはカットですからね!」
相棒同士の小さな鬼ごっこは、山間の平和な凪の中でしばらく続く。誰もいないポケットサイズのボールが、ホルダーに留められ陽光を浴びながら優しく揺れていた。
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2021年6月20日pixiv投稿
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