ぷち登山中のセキタンザンとマクワさんが集落のタンドンに襲われたり、助けたり助けられたりする話

枯草を踏む音が響いた。樹と木の間の細い獣道を、大きなザックを背負ったマクワが進んでいく。片手にはストックを持ち、登山用のアウターをしっかり重ねている。天気は良いはずだが、森の中は鬱蒼として薄暗い。ふとマクワが立ち止まって振り返れば、セキタンザンが後に続く。
トレーナーの下げるサコッシュからスマホロトムが顔を覗かせる。
地図アプリが開かれ、等高線の波の間に矢印が光った。

「シュポォ……」
「……もうすぐ中腹です。ひと休みしましょう」
「シュポォ!」

マクワが手拭いで額を撫でると、セキタンザンが笑う。
ガラルの端にある、標高1000m程の山の中は、湿度の高い森林だった。たくさんの葉が落ち、柔らかい土を、分厚い登山靴の底が踏み締める。本格的な登山ではないが、それでも装備をしっかり重ねてきた。
少し先に進むと、いたるところに苔が生え、倒木も切り株も真っ蒼に染まっていた。まるで夏の景色を切り取るように美しい。
林業用に使われる為、登山口周辺までは広い道が続いたが、その先はほとんど未開のような獣道だ。およそ一時間近く、休憩することもないまま2人で歩き続けている。
まるで壁のように大きく盛り上がった土が、大木の陰から姿を現した。小石が積み重なって出来た小さな山だ。しかし、周辺の石とは色が違って黒っぽい。明らかにどこかから運ばれた石片の集まりだ。

「ぼた山だったのかな……」

不自然で不揃いな石を見ながらマクワが呟く。長いこと放置された瓦礫の山は、草が這っている。セキタンザンは気になるのか、興味深くじっと見つめていた。
登山はいい。落ち着くような巨石も見られるし、鉱物採集も出来る。しかし今回の目的は別にあった。同時に体力作りや足腰を鍛え、周囲の状況や情報を得て、観察力や判断力を養う。
セキタンザンも、もちろんマクワも、応用的なトレーニングの真っ最中だった。地図を頼りに歩き続けると、木の陰から蔦に覆われた大きな岩壁が現れる。
マクワは折り畳み式ナイフを取り出すが、セキタンザンが肩を叩き、相棒を自分の後ろに引っ張った。ごおと息を吐き出すと、焔が柔い霧を裂き、蔓と葉を焦がした。小さな炭素になった黒い塊を払う。一瞬セキタンザンを見上げた後、岩の上に座ると、ストックを立てかけ荷物を置いた。大きな石炭は気にすることなく草の上に腰を下ろす。
ザックからオレンのきのみを取り出すと、セキタンザンに渡した。
セキタンザンと人間では、根本的に体力量が違う。ただ歩きづらい森の進行に苦労をしているだけで、相棒はまだまだ余裕に見える。このまま一気に山頂まで行けてしまいそうだった。マクワは水を入れたボトルを煽る。

「行きましょうか」
「シュオ」
「ぼくのことは気にせず」

トレーナーはすぐに立ち上がると、緩い勾配を歩き出した。しばらく下りの樹林帯が続き、むき出しになった木の根が昇りの階段を作っている。細やかな凸凹は、セキタンザンの大きく硬い足では進みづらいだろう。しかし迂回するにも、隣の木と木の隙間は狭い。セキタンザンの巨躯を拒むことが想像できる。

「……越えられますか?」
「ボ!」

マクワは先にセキタンザンを通し、後ろから補助することに努める。硬いはず木の根は、上ずんだ部分だけ形を崩し、セキタンザンの足跡を残していった。それでもセキタンザンの足では設置面積が少なく、力が分散できない。時折バランスを崩しそうになるセキタンザンを後ろから押したり引っ張る事で支えながら、マクワも木の根を越えていく。セキタンザンが両足を無事に地面に降ろしたことを見届けて、再び先導した。細い道に枝が張り出し、ちくちく当たるが、分厚いジャケットはしっかりマクワの腕を守る。苔だらけで青々としているが、山道は枯葉で茶色に染まっており、分かりやすい。
カーブの多い枯れ葉だらけの上り坂を進むと、徐々に樹の数が減り、林道になった。高く昇り始めた朝日が、木々の間を輝かせる。思わずセキタンザンは足を止めた。

「シュポォ!」
「……早くしないと目標タイム過ぎます。よそ見をしている場合ではありません」

マクワが歩き出した途端、上から急に圧力が掛かる。黒い石礫が降り注ぎ、思わずマクワは体勢を崩し、倒れこむ。

「……ッ!?」

背負ったやストックを強い力に引っ張られた。5、6匹のタンドン達が、マクワの周りを取り囲み、すぐ後ろにいたセキタンザンがごおと炎を吐く。慌てたタンドンは、ザックを持ち出すことを諦め、ちいさな鞄とストックを持って逃げていく。

「ボオオ!」
「……セキタンザン!」

小さな石炭たちを追って、セキタンザンは森の中を駆けた。マクワが下げていたサコッシュは、すぐに取り入れ可能な貴重品入れだ。スマホロトムが使えなくなった時の為の、予備の紙製の地図や財布、大事なものがはいっている。タンドンより多少のスピードは出ても、木々が生え並ぶ林の中での追いかけっこは、身体の大きいセキタンザンの方が分が悪い。
一度セキタンザンは足を止めると、近くにあった大きな枯れ枝に火を噴き、焔を点ける。育った火炎を枝ごと背中に放り投げることで、自分の特性を発動させた。

「セキタンザン、待って!!」

地面を蹴ろうとした瞬間、相棒の声がセキタンザンを呼ぶ。足場の悪い斜面を走って追いかけてきたマクワが息を切らしている。

「……重要な物の予備はザックにあるので大丈夫です。戻りましょう」

セキタンザンは首を振った。同族が欠けた相棒への迷惑を許したくない気持ちが強い。それに、タンドンは通常温厚な種族である。まさかひとから荷物を奪うなんて信じられなかった。

「……タンドンが気になるのですか」

相棒は頷く。

「わかりました。……追いましょう」

マクワが走りだそうとした腕を掴み、片手で持ち上げた。今のセキタンザンであれば、マクワよりずっと足が速いのだ。
さっきとは比較にならない速度で足が動く。湿度の高い森の中が、真っ白の霧の中へと閉ざされていた。
樹木の間を通り、枯葉だらけの地面を蹴って、タンドン達が姿を消した方向へと走る。森を抜けると、大きな樹の下、タンドン達が集まっていた。
しかしこちらには気付いておらず、皆、樹の向こう側を見ているようだ。セキタンザンはマクワを降ろすと、タンドン達に近寄る。

「ゴオオー!」

一匹のタンドンがストックを振り回していた。その先には、タンドンの天敵であるイシズマイとイワパレスが並んでいる。イワパレスは固い甲羅でストックを受け止めたのち、タンドンに体当たりを仕掛ける。
束になっていたタンドンたちが散り散りになった瞬間、イワパレスの大きな岩石が、一匹のタンドンの身体に当たる。動けなくなったタンドンを、イシズマイが鋏の腕で引っ張っていく。
イシズマイは小岩の塊であるタンドンの命を奪い、自分の住処にする習性がある。

「ヒートスタンプ!」

セキタンザンが自分の身体に炎を纏うと、イシズマイ目掛けてぶつかった。イシズマイの身体は高く上がり、草むらの中に姿を消す。状況に気が付いたイワパレスは、慌ててイシズマイを追いかけ、森へと走り去った。タンドンたちは、突然のことにしばらく茫然としていたが、天敵が姿を消し、大喜びでセキタンザンの元に集まって来る。
しかし、セキタンザンの後ろにいた人間の姿を確認し、再び身体を震わせ始めた。

「ボオ」
「シュボオ??」
「オオ」

セキタンザンを仲間と認めたのか、タンドン達は申し訳なさそうに、盗ったストックやサコッシュを差し出している。マクワは再び来た樹林帯へ向かおうとしていた。

「……あのイワパレス達を退ける武器が必要だったのですよね、なら使って構いませんから。……ぼくは先に、道に戻りますね。迷ったら大変です……」
「シュボ……」

そう言って足元の細枝を踏み抜いた瞬間、マクワの巨躯ががくんと傾く。セキタンザンは慌ててマクワの元へと走り寄った。

「あれ……どう……して、セキタン、ザン……?」

仰向けにして、ザックごと抱き起したが、すぐにマクワの意識は瞼の向こうへと消える。
顔が赤く、呼吸が荒い。滅多に見るものではないが、時折布団から出て来れない時のマクワとそっくりだ。赤らんだ頬に張り付く髪を梳きながらセキタンザンは思う。登山が影響したのかはわからないが、おそらく風邪の類の体調不良だろう。
ふと見下ろせば、タンドン達が集まっている。どうやら休ませてくれるらしい。
相棒を抱えて、彼らについてぐるりと回ると木の裏に大きな洞があり、沢山の葉を敷き詰めてある。ここでタマゴを保管しているようだ。タンドンたちはタマゴを奥にやると、マクワを下ろせと言った。
大柄のマクワでは足が出ているが十分だろう。タンドンは横にストックを置いた。
タンドン達に感謝を告げる。セキタンザンはマクワのサングラスを外し、ジャケットを脱がせると上から布団の代わりに被せた。さらにポケットから手ぬぐいを取り出す。
ザックから予備のボトルから水を出し、ハンカチを濡らすと汗の滲む額に当てた。心なしか苦し気なマクワの表情が安らいだように見えて、セキタンザンも安堵をする。
タンドン達の元へ行くと、きのみの在りかを尋ねた。体力不足や解毒作用もあるきのみは、体調不良の一番の味方であることをセキタンザンは知っている。今日の分は、先ほど食べてしまった。
どうやら近くにあるらしい。しかし、小さな石炭達は揃って俯いた。イワパレスの縄張りの近くでもあり、自分たちは行ったことがなく、いくらセキタンザンでもたくさんのイワパレスの前では危険だと言う。
イシズマイの殻を作るため、彼らは小さな石炭さえも取り逃さない。大昔群れのリーダーだったセキタンザンは、立派な家の素材となってしまった。
話を聞いたセキタンザンは一瞬どきりとしたが、不安そうなタンドンの前で笑って見せると、少し離れる。

「シュボオ!」

突如巨大な岩剣が地面から波のように生えて、近くの倒木を抉り取った。
そして自分は戦いに慣れているから、自分の相棒である彼を見ていて欲しいと言う。マクワは意識のないまま、時折小さく咳をしていた。タンドンたちは顔を見合わせて頷く。だが一匹のタンドンがセキタンザンの元に出てきた。
自分も戦いたい。このまま怯えて暮らすのは嫌だ。強くなって、彼らから身を守れるようになりたい。道案内だってきちんとできる。真剣な赤い眼差しがセキタンザンを見上げた。
セキタンザンはしばらく悩んだが、その申し出を受け入れる。確かに山の中に入って、戻ってこれなくなっては意味がない。その代わり必ず自分の近くにいる事、何かあったらすぐに逃げること。念を押すと、タンドンは強く頷いた。
そうしてセキタンザンとタンドンは、森の中を進行する。セキタンザンは気になっていたので、タンドンに尋ねた。なぜこんな樹の中で暮らしているのか。洞窟は近くにあるのか?
タンドンはきょとんとしながら洞窟とは何かと聞き返す。セキタンザンも、どう説明しようか少し頭を抱えた。岩の中に囲まれた、トンネルのようなところだと答える。もっとも、トンネルという事を伝えることにも苦労した。
タンドンやトロッゴン、セキタンザンも、大抵は岩場の近くに住んでいることが多い。自分の身体を成長させる栄養たっぷりの食料が豊富だからだ。自分がタンドンの頃も、少し変わってはいたが洞窟にいた。
タンドンは、生まれた時からずっとこの山の中で暮らしていて、その他は知らないのだと言う。すぐ近くに未開の炭壁があり、そこで餌を食べられる。
話しているうちに、タンドンは少し前に出た。遠くから聞こえていた水の音が、大きくなっている。勢いある流水が、崖から落ちてざあざあと滝を作っているのが木と木の間から見えた。
まるで違う場所のように、木の向こうは草木が少ない荒れた大地だ。葉っぱは皆イシズマイ達のご飯だからね、とタンドンは得意気に言った。滝のふもとに、たしかにきのみのなる樹が数本生えている。その周りを取り囲むようにイワパレスがいた。完全に自分達の私物にしてしまっているようだ。
セキタンザンはもう一度だけタンドンに尋ねる。彼らに頼んできのみを貰う事は出来ないのか。タンドンは、わからないと答えた。俺たちの時は無理だったから。
それを聞いて安心したセキタンザンは、タンドンを抱き上げ身体の後ろに隠し、木と木の間から身体を出す。イワパレスやイシズマイが一斉にセキタンザンの方を向いた。
セキタンザンは、病人がいる、少しきのみを分けて欲しいと言う。しかしイシズマイ達は聞く耳持たず、予想通り襲ってくる。先ほど見せたように、セキタンザンは弧を描くように大きな岩刃を生やし、近くのイシズマイを一掃した。高く炎を吐いてイワパレス達から間を作り続ける。
セキタンザンは、タンドンをきのみの木へと放り投げた。綺麗に弧を描いたタンドンは、枝の上に引っかかって目を回す。タンドンの姿をみたイシズマイ達が、きのみの木の方へと寄っていく。その後ろ姿を、セキタンザンの炎を纏った跳躍が辺りを一気に蹴散らした。
怒ったイワパレス達が、セキタンザンに寄り、大なり小なり岩石を放つ。慌てて避けるが、連続で放たれる砲撃は、セキタンザンの身体を掠めていく。
幾度か岩砲を身体で受け止めながらもきのみの木の下に辿り着くと、きのみを抱えて枝に乗るタンドンをキャッチした。
心配するタンドンに返事をする。だがセキタンザンは、既に滝と岩壁を背に、イワパレスの群れに包囲されて逃げ場がない。じりじりと包囲網は狭められていく。
セキタンザンが再び岩波を起こそうとした。だが突然タンドンはきのみをすべてセキタンザンに託すと、イワパレスの群れの中に飛び込んでいく。
石炭の手が伸びた瞬間、小さな岩から灼熱の大火が放たれた。辺り一面を焼き尽くす炎は、近くにいたイワパレスを喰らい、遠くのものの眼を焼いた。そして、何よりセキタンザンの身体が炎を受けて煌々と白い煙を上げている。セキタンザンはすぐに地面を蹴った。今にも地面にぶつかりそうなタンドンを拾い上げ、再び森の中へと飛びこんだ。
驚いた。すごいな、とセキタンザンは褒めるが、既にタンドンは疲労困憊のようだ。やっぱり慣れない事はするものじゃないね、と笑う。度胸のある奴は、すぐに強くなる。
セキタンザンがそれだけを伝えると、タンドン達が集落にする大木の根本へと到着した。小さな石炭たちは2人の姿を見て大いに喜ぶ。すぐに洞の方へと回ると、身体を起こしたマクワが水筒に入ったおいしいみずを飲んでいる所だった。

「シュポォ!」
「……セキタンザン、帰って来たのですね、ありがとう……」

覇気がなく、ざらついた声が体調不良を物語っている。セキタンザンは早速黄色いオボンのみを洗うと、マクワに手渡した。マクワはぼんやりきのみを見つめるだけで、口にしようとはしない。

「……ごめん、なんだか、食べる気が出なくて……」

ふと気が付いたセキタンザンは、オボンのみを片手で持ち、ぎゅっと握りしめる。ぱき、と皮が割れ、柔らかくなった。それをマクワに手渡すと、今度こそマクワは小さな破片から咀嚼していく。

「……おいしい……」

オボンのみを食べ終えると、マクワは鞄のポケットからファーストエイドキットを取り出し、ポケットから解熱剤を出した。小さな錠剤を、みずで流し込む。

「すみません、たぶん、ただの風邪です……。今日なんだかぼんやりしてた理由ですね……これくらいすぐ元に戻りますから」
「ポォ……」
「ところで……友達が出来ましたか」
「シュポ!」

セキタンザンと共にきのみを採りに行ったタンドンだった。あちこち煤けているが、セキタンザンの横で不思議そうにマクワを見つめている。
マクワはサコッシュからきずぐすりを取り出すと、タンドンに吹きかける。小さな石炭は、擽ったそうに笑う。あちこち怪我をしているセキタンザンにもかけようとして、手を止められた。

「……でも、きみも怪我をしてます」

セキタンザンは頭を振ると、瞼の上がり切っていない相棒からそっと薬を取り上げて、横に寝かせた。
自分の凹みにしゅっと吹きかける。様子を見たタンドンが、セキタンザンから嬉しそうに薬を受け取り、自分の手の届かない背面に掛けてもらっている。
セキタンザンがふとマクワを見ると、視線に気が付いたのか、背中を向けてしまった。

「シュポ……」
「……なんでもない……です。……ごほ、げほッ」

誰かに似て構いたがりで完璧主義のトレーナーが、いろんな歯がゆさから臍を曲げているのはよくわかっている。しかし、セキタンザンは一刻も早くマクワに身体を治して欲しい。
しばらくの無言の時間を止めるように、ぱきぱきと聞きなれた音がマクワの耳に届く。ゆっくり身体を転がして音のする方を見れば、頭上に追いやられていたタマゴにひびが入っていた。あっという間に殻は割れ、中からタンドンが出てくる。
生まれたばかりできょとんとするタンドンに、マクワは思わず身体を起こす。恐る恐る手を伸ばし、両手で抱き上げた。

「小さい……生まれたてのタンドンって……こんなに柔らかいのですね……、げほッ」

タンドンの触れた所を見れば、あちこち煤が付いている。体温機能が壊れている今、生まれたばかりのタンドンの体温の高さが、寒気を訴える身体にちょうど良い温かさだった。
今になって気が付いたが、マクワはタマゴから孵ったばかりのタンドンを見るのは初めてだ。それからすぐに身体を倒し、タンドンを横に降ろすと、そっと頭を撫でた。嬉しそうに身体を摺り寄せる。ふと、大きな頭がタンドンの横に並んだ。

「シュポオ」
「……きみも撫でて欲しいの?」

セキタンザンは目を閉じたまま無言でうなずく。最初は叩く様にしながら、それから徐々に掌で擦った。つい気を抜くといつもと同じ力加減でやってしまいそうになるが、目の前がちかちかするのを境として、なるべく優しく撫でた。
ふだんのセキタンザンを理解しているマクワは、物足りないだろうと考える。だが相棒は全身の身体の力を抜いて、気持ちよさそうにしていた。釣られるように、マクワは穏やかな眠りの中に蕩けていく。
比例するように、相棒の手は緩やかに動きを止める。
落ちていたハンカチを額にのせ直してやり、セキタンザンは風邪ひきの相棒の様子をしばらく眺めていた。
深い眠りを見届けて、セキタンザンは身体を起こす。タンドン達が新しい仲間の誕生を、大いに喜んでいる所だった。
順番にタマゴは割れ、3つ程あったタマゴは全て孵り、新たなタンドンとなる。
お腹すいたとごねる子供の為に、長生きのタンドン達がご飯の場所を示す。道中で真っ直ぐバランスをとったり、真っ直ぐ歩く練習をしていた。
一人、ボロボロの木に向かって体当たりをしているタンドンがいる。セキタンザンと一緒にきのみを採りに行った若者だ。彼はセキタンザンに気が付くと、きらきらした目で見る。
もう少しここにいるだろ、それまで戦い方を教えてくれよ。セキタンザンは頷く。
彼の放った炎は非常に火力の強い物だったが、それよりイワパレス達は、石をぶつけた方が退けやすい。セキタンザンは、彼に岩の操り方を教えることにした。
小さな岩をその場で作り出し、吐き出す方法があらゆる技の礎となる。出来るかどうかを尋ねた。
タンドンは、小石を作り、ぴょんと高く上げる。なるほど基本の基本は既に習得している。
なら、こういう技はどうだろう。強く念じる事で岩のもつ長い時間の力を解放し、ぶつける技だ。
タンドンはうんうんと唸りながら念じる。確かに物理的な岩は持ちあがるのだが、岩のちからというものがうまく引き出せずにいる。
セキタンザンも説明が難しく、何度も悩ませた。大きな岩と一体になるような、環の中に潜めるような感覚。一部分だけを引っ張り上げ、敵に「わからせる」ものだ。長く生きていないと中々習得は難しいのかもしれない。
しばらく練習をし続けていたが、飛ばせる岩の数が少し増えただけに終わった。タンドンにとっては立派な成果だ。
セキタンザンがマクワの様子を見に戻った時、まだぐっすりと眠っていた。
最近仕事が続いていたことをセキタンザンは見ている。過労で弱っていたのかもしれない。少し温くなってきたハンカチを再び水で浸し、額の上に戻した。
さっきのタンドンがやってきて、マクワを不思議そうに見つめている。
どうして人間と一緒に居るのか、とタンドンはセキタンザンに尋ねた。
居たいからだとセキタンザンが言うと、ますますタンドンは首を傾げる。そうなんだ、不思議だな。
ひょっとしたら、いつかお前もそういう相手が見つかるかもしれないよ。人かもしれないし、他のポケモンかもしれないけれど。セキタンザンが答えると、嬉しそうにタンドンは言う。
そうか、それはちょっと楽しみだな。

「……きみたち、仲良しですね」
「ボ!」

再びマクワが目を醒ましていた。少しうるさかっただろうかとセキタンザンは内省する。
タンドンが、セキタンザンを見上げた。
逆に、どうしてこのひとはセキタンザンと一緒に居るんだろう。聞けるかな? セキタンザンは内心ドキドキしながら、マクワに声を掛けてみた。

「……シュオ」
「……ぼくが、きみと居る理由……? そんなの、いわ使いだから……」
「ボオ」
「理由がないと、いてはいけませんか」

なんだか、不機嫌そうだ、いけない事聞いちゃったかな。
しょんぼりするタンドンに、セキタンザンは言った。大丈夫、すまない。こういう奴なんだよ。

「ゴゴォ」
「……いわポケモンがすきで……その中でも、セキタンザンが、好きだからです」

ややあってから、マクワはなんとも重たい口を開いた。

「……きみたちは、ぼくたち人間では、計り知れない程長い時間を……原始のまま『生きて』いられる。何も語らないのに、本当はものすごく雄弁で……ぼくはそんなきみたちに……その、憧れていますから……」
「ゴドゴオゴ」

セキタンザンがマクワの言葉をタンドンに分かりやすく説明すると、タンドンはキラキラ嬉しそうに語る。
人間って、不思議だね。面白いね。そうなんだ、俺たちは自覚がなかったけど、長い時間を生きていて、いっぱい語る事が出来るんだ。セキタンザンが人と居る理由、ちょっとだけわかった気がするよ、と笑った。セキタンザンも、分かってくれて嬉しいと答える。
その時、どんと何かがぶつかる嫌な音と悲鳴が聞こえた。セキタンザンとタンドンは慌てて音の方へと走っていく。数体のタンドンが木の根元に転がっていた。
5体程のイワパレスが生まれたばかりのタンドン一体を持ち上げ、その場を去っていこうとしている。

「セキタンザン、じしんです!」

自分に届いた声を瞬時に理解したセキタンザンは、大地を唸らせ大きく波を打たせる。イワパレスを的確に捕捉した大地の津波は、鋏のような細腕から、幼いタンドンを宙に離させた。セキタンザンは走り寄ると、タンドンをしっかり抱き止める。樹の影に隠れるタンドン達の元へと戻す。
大樹の横から、木を支えにマクワが立ちあがっていた。周囲を見ればイワパレス達が綺麗に丸い陣形を組み、逃げ場のないようにしている。

「一気に雌雄を決しに来たみたいですね……」

マクワは一瞬だけもし、を考え、すぐに頭から消した。もし、自分がここに来なければ。しかし既に結果となっているものを考慮しても意味はない。それよりも目の前の問題を解決するべきだ。ポケットに入れていたサングラスを付ける。

「ぼくは彼らに……恩があります。……タンドン達がこれ以上生活を脅かされないよう、ここでぼくとセキタンザンで、強さを見せつけましょう」

セキタンザンは頷く。心配は後回しだった。

「11時方向、フレアドライブ!」

石炭の山が火炎に乗せて跳躍した瞬間、足元に複数の岩片が刺さる。完全に攻守一体の手に、セキタンザンの温度がいっそう高まった。
ちょうど次の石砲の準備をしていたイワパレスの柔い頭に炎の身体が綺麗に飛び込み、一体のイワパレスが行動不能に陥る。

「よし、4時から6時中心にストーンエッジ展開。おそらく中に一際大きなイワパレスがいるはずです! 群れのボスを狙えば……ごほ、げほっ」

枯れた喉にボトルの水を流し込み、腕で口を拭いた。指示された場所に敵を確認し、至近距離から鋭利な岩剣で頑丈な殻ごと貫いていく。横倒しになったイワパレスはしばらく動けない。マクワのいう特別大きな個体は見当たらなかった。視界の端で、必死になって小石を投げつけるタンドンたちに、近づく岩宿のポケモンを見つける。

「セキタンザン、タールショットで目くらましを!」

身体に付着した大量の油をイワパレスの顔に飛ばす。しかし思うより移動速度の速い相手に、飛距離が足りず、岩の殻の方へと当たってしまう。
その時だった。廃油を浴びたイワパレスが、火の車になった。慌てて炎を消そうと森の方へ去っていった。イワパレスに立ち向かう一体のタンドンの姿をセキタンザンは見る。

「あれは……!」
「シュポオ」
「きみが教えたのですか」

セキタンザンは首を振りながら、目の前のイワパレスに体当たりをした。イワパレス達はセキタンザンを倒すべく、どんどん群がり、硬岩が取り囲んで束縛しだす。
その横から、小さな岩が鉄砲玉のように飛んで、更に追撃を仕掛ける。時折炎を吐いて飛び回るタンドンは、流星のようだった。
心強い味方の登場に、セキタンザンは全身に炎を灯してイワパレスを転がす。

「じしんを! そこからストーンエッジ! ……大きな個体が見当たらない……」

方向指示なし。その場でぐっと身をかがめ、地を揺らす。周りに群がっていたイワパレス達と距離が生まれた。さらに巨岩を叩きこもうとした瞬間、離れた事で余裕が出来たイワパレスが、一回り岩殻を脱ぎ捨てた。そこから恐ろしい程のスピードで、大きな岩を投げつける。
完全にセキタンザンを上回る迅速さで、大岩が腹部に直撃した。セキタンザンは悲鳴を上げたまま、後ろへ飛ばされる。怯んだタイミングをみた、イワパレス達は両腕の鋏や岩をセキタンザンめがけて叩きつけた。抉るようなな音がして、柔い石炭の身体に傷がついていく。
タンドンはセキタンザンを守ろうと岩を吐き出すが、小石ではびくりともせず、ただ目標を自分にすり替えただけだ。

「セキタンザン! イワパレスの爪はドサイドンのプロテクターでさえ……。 ……タンドン、もう一度さっきの炎を吐いてくれませんか!?」

しかし、野生で育ったタンドンは、ひとの言葉を理解できない。ただがむしゃらに行動した時、偶然にもマクワの指示が通った。辺り一面を炎が揺らめく。セキタンザンが炎を受け、あの時と同じ速さで岩石を吐き出した。見事に纏わりついていたイワパレス達にぶつかって、更に倒れ込んだイワパレスが隣の仲間を倒す。大樹の周りは、身体を隠して倒れた岩塊ばかりになった。
タンドン達はわあ、と嬉しそうに歓声を上げる。しかし、時折咳き込むマクワの眼は険しい。

「タンドン6時から避けて!」

前衛で戦っていたタンドンがふと後ろに何か陰を感じた瞬間、身体が宙を舞った。至近距離からの、イワパレスの岩石砲だ。樹が並ぶ森の中から、突然数発の岩が、タンドン目掛けて飛翔しぶつかった。
何もない所から突然大岩が発生出来るはずがない。何かしらの力が存在し、掛かった証。
つまり、あれがリーダーだ、とマクワは瞬間的に判断する。
彼は今まで身を隠し、敵が弱る時を待っていたのだ。野生とは思えぬ頭の回る相手に、焦燥が沸く。

「12時方向に移動……!」

セキタンザンが振り返った瞬間、太い爪が腹部に刺さる。びき、と嫌な音が響いた。

「セキ、タンザン……ッ!」

大きく雄たけびを上げると、セキタンザンは自分のすぐ足元から捕捉し、尖った岩の切っ先を連続で放つ。恐ろしい反射神経だが、それでも目の前の群れの長は平然と避けていく。
じしんを起こせば確実に当たるだろう、だが近くで倒れるタンドンさえ巻き込みかねない。じしんを受けたタンドンがどれほどのダメージを受けるのか、マクワは誰より知っていた。

「ロックブラスト!」

今にも膝をつきそうなセキタンザンは、力を振り絞って集中すると、真っ直ぐに岩を吐き出した。リーダーは身体を甲羅の中に隠し、やり過ごしている。3発ほど当たった所で相手がそれ以上攻撃しないことが分かると、お返しとばかりに岩片を、今作った傷にぶつけていく。
最後の一発を受けて、とうとうセキタンザンは膝をついた。タンドン達は皆震えあがって動く事さえ出来ない。
これ以上のダメージは、セキタンザンの今後に支障を与えかねないだろう。マクワはここが引き時だと思い、モンスターボールを手に取る。
セキタンザンはかっと赤く燃える瞳を開くと、あたりの空気が陽炎のように揺らめく。覚悟を決めた烈火はイワパレスを呑み込み、大火を付けた。もえつきるを使ったセキタンザンは、今度こそその場に沈み込む。
転がっていたタンドンが重い身体を引きずるように、イワパレスとセキタンザンの間に立ちふさがった。セキタンザンを裂いたイワパレスの大鋏が、タンドンの小さな体に降ろされる。
マクワは反射的に走って駆け寄ろうとするが、一瞬タンドンの周りに原始の光が音を立てて集まっていく。さっき人間が言っていた事を断片にして、小さな小さな石炭のいのちは輝きを手繰り寄せる。
この星の記憶の先端にいる自分が引き出す、途方もない年月を過ごし続けた大いなる岩の力。
飾らず変わらず、生き続ける石が詠い続ける原始の語りを今、伝えよう。
先代が、そして今助けに来てくれたセキタンザンが教えてくれた、知識と経験の集合体。
今までも、これからも、この奇跡を当たり前のこととして続けていくために、タンドンは全ての力を集約させて、イワパレスに解き放つ。
瞬間、長のイワパレスに強くぶつかった。イワパレスが持ちえなかったもの、知り得なかったもの。それら全てを直接頭の中に叩き込まれて知らされる。輝きに掻きまわされて、急所に当たった。イワパレスの巨大な身体が傾き、ばたりと倒れる。
今度はタンドンの身体がきらめきだす。眩い光輝はどんどん大きくなり、タンドンは姿を消した。トロッゴンが初めて得た勝利の前に叫んでいた。

セキタンザンが目を醒ました時、マクワがいなくなっていた。
タンドン達は皆で駆け回り、イワパレスやトロッゴンとセキタンザンの怪我の手当てをしてくれている。イワパレスもイシズマイも、恥ずかしそうにしながら受け入れた。
タンドン達では身体の大きな相手を運べないから、というのが理由だが、弱いポケモンが生き延びる処世術に違いないだろう。動けるまでに回復したセキタンザンが周囲を探るが、マクワはどこにもいない。
自分の食事を持ってきてくれたタンドンに尋ねると、彼はついさっききのみを採りに行ったばかりで、もうすぐ戻って来るという。セキタンザンは安堵したが、マクワはまだ体調不良のはずだ。ムリはさせられない。
ものすごい剣幕でセキタンザンを介抱していたから、すっかり治ったと勘違いしちゃった、とタンドンはしょんぼり言った。
そういう奴だから、大丈夫だとセキタンザンはタンドンを励ますと、滝の方へと歩き出す。
再び森を越え、流水の音を頼りに進むと、ザックにきのみを詰め込んだマクワが樹の下に座り込んでいる。セキタンザンはすぐに駆け寄った。

「どうして」
「シュポォ」
「ぼくはもう平気ですよ。……それより早くきのみを届けて、ここを出なくては。今日はこのまま下山しましょう。昏くなる前には戻りたいです」

重い荷物を持ち上げるが、力が入っておらず、ふらついている。セキタンザンはマクワのザックを抱えた。普段であれば叱られるところだろうが、やはりまだ快復しきっていないのか、その事には触れずセキタンザンに尋ねた。

「それよりきみの方こそ大丈夫ですか」
「ボオ!」
「ならなによりです」

静謐な森の中で、マクワはぽつりと言った。

「きみは……ここに残りたいと思いますか?」
「ポオ」

セキタンザンは首を振る。確かに、タンドン達はより安全に過ごせるだろう。だが自分がしたいことではなかった。

「……そうか」

2人がタンドンの集落に戻ると、トロッゴンと一際大きなイワパレスが向き合い、何かを話している所だった。それからイワパレス達は、再び自分たちの縄張りへと戻っていく。マクワは、たくさん採ったきのみをタンドン達に渡す。
イワパレス達と入れ替わりに戻って来たセキタンザンを見て、トロッゴンが駆け寄って来た。
本当に今日はありがとう。必要な時に彼らの甲羅を作るために炭壁の岩と、俺たちが必要な時のきのみを分けながら、互いの縄張りを荒らさない、襲わないようにすると約束が出来たよ。
セキタンザンは大いに頷いた。

「そういえば、ここのタンドンは近くから石炭を得てるのでしたね。よければ最後に案内していただけませんか」

マクワの言葉をなんとなくで通訳すると、トロッゴンは張り切って先導する。木々を分けて、木の根を越えて、辿り着いたのはもくもくと煙を上げる大きな岩壁だ。独特の石炭と硫黄のような香りが強い。崖の上の方に少しだけ亀裂が入っている。

「……まさか、これが廃坑……? ぼた山はありましたが……。……そうだ、300年ほど前までこの辺りにあった炭鉱の話を聞いたような。そこは崩落して燃えたまま、今でも鎮火されていない……」

マクワが驚いて見上げる間、トロッゴンは転がる黒岩のかけらを食べる。少し蒸し暑く感じるのは、中でいまだに300年前の炎が燃え続けているからなのだろう。大熱を閉じ込めた岩壁は、巨大なタンドンそのものに見えた。ぼた山の質と量からして、かなりの石炭が埋蔵されているはずだ。目の前に出ている分厚い石炭も、まだまだ食べ尽くされるまでには随分かかりそうだ。

「ということは、おそらく元々中に住んでいて、戻る場所がなくなったタンドン達の末裔なのでしょうね……」
「ボオ」
「……すっきりしました。ああ、そうだ。目的をはたさければ」

トロッゴンの横にしゃがむと、マクワは鞄からハンマーを取り出して、石炭を抉る。こぶし大のかけらをさらに小さく砕くと、持っていたきのみと共に小型のすり鉢に入れて、混ぜ合わせる。黒いペーストを作り、トロッゴンの身体を削った傷にぺたぺたと塗った。少し染みるのか目を瞑る。同様に石炭を使ってセキタンザンの傷も塞ぐ。作業を終えると、まだ燻る岩山に向けて、マクワは手を合わせた。ここがひとの働く炭鉱で、崩落事故があったのなら、きっと誰もが無事に済んだとは限らないだろう。
辺りはひんやり冷え込み、夜が近くなってきたことを物語る。

「トロッゴン、お世話になりました」

深々と頭を下げるが、トロッゴンは不思議そうに見上げている。別れなのだとわかったのか、セキタンザンを見る。またいつでも来て欲しい、と吼えた。セキタンザンも応えるように鳴く。
がさりと枯葉を踏み歩く軽快な足音だけが、しばらく響き続けていた。

深い森を抜け、細い山道を下っていた。昇っていた時は朝日を切り取っていた木々も、今は真っ暗な影を作っている。休憩に使った大岩を抜け、もうすぐ麓の入り口に辿り着く。

「……さすがに今日は疲れましたね……」
「シュォ」

とても不思議な一日だった。ただの登山のはずが、何故かタンドンの集落の手伝いをすることになっていた。予定外の事象は、なによりマクワを疲弊させる。重装備したザックはずっしりと重たいし、身体を支えるストックは手にハマって離せそうにない。

「いろいろ課題も見つかりましたし、トレーニングメニューを変えましょう」
「ポォ」
「……きみ、試合ではないからといって、ぼくのいう事聞かずに勝手な行動するのはマイナスです」

登山靴が道に出ていた小石を蹴ってしまい、ころころと転がって、外れの草むらへと飛び込んでいった。
セキタンザンが最後にもえつきるを使った事を、マクワは思い出している。

「シュポ」
「あのまま続けていたら、きみは戻れなくなったかもしれま……うわっ」
「ボ」

セキタンザンは小言ばかり言う腕を捕まえて、そのまま持ち上げた。流石に働きづめの身体は重量を感じていたが、構うことなく来た道を戻っていく。
今日は頑張ったのだ、少しくらいゆっくり降りても良いだろう。しかし相棒はばたばたと手足を振って身を捩った。

「ああもう! だから、降ろしてくださ、う、ごほッ……」
「シボォオオ」
「……ぼくが『大丈夫』というように、きみも『大丈夫』……? ……セキタンザン、誰に似たのですか……」

サングラス越しの眼が深々と細められたが、すぐにいつも通りの表情に戻る。
あの時、一番悔しかったのはセキタンザンだが、マクワも理解していたし、同様の感情をいだいていた。だからすぐにボールを作動させることが出来なかったのだ。あの時のゆるぎない熱情に、少しだけ心を救われている。

「……わ、わかりました。ぼくももっと自分の体調管理を自覚的に務めますから……きみもきみ自身を労わるように。よいですね」
「シュ ポォー!」
「……ありがとう」

樹の幹に掛けられた、登山者用の小さな看板の矢印が、行く先を示している。
一番星が、溶け合う空の青と赤の中心を飾り始めていた。

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2021年9月12日pixiv投稿

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