ガラル地方にはねがいぼしというものがある。
特別な力を持った小さな石で、拾うと願いが叶うのだといわれている。
もっともポケモントレーナーには必須のもので、これがなければガラル特有の一時的な進化現象、ダイマックスもキョダイマックスも出来ない。
トレーナーになる時に手に入れ、そして加工して、腕輪の中に取り入れることでポケモンのために使えるようになる。それがガラルのポケモントレーナーの成り方のひとつだ。
幼いころから、ぼくもたくさんのひとの前に降って来たり、あるいは彼らの道の途中で姿を見せるその石を見て、わくわくしたものだ。
先輩たちは自分の「願い」を拾い上げ、初めてのポケモンと共にガラルのジムチャレンジャーとして旅立っていく。
輝かしいポケモントレーナーのはじまりの一歩を、ねがいぼしは象徴していた。
いつかぼくの前にもねがいぼしが降って来るのだろう。その時立派なトレーナーとして、自分のポケモンと共に一から旅立ち、共に成長していくのだ。
「マクワ、これがあんたのねがいぼしだよ」
新品のバンドは、母の手の上でぴかぴかに光を反射していた。ぼくは両手で受け取り、ぼくのために準備されたダイマックスバンドを見つめる。
暗く見えるケースの部分の中に、それは既に組み込まれていた。小さな石の形は、暗がりの中でちっとも見えなくなっていた。
胸の奥の方にある言葉は、ぐちゃぐちゃに混ざり合ってなにも拾い上げられなかった。
「ありがとう、お母さん」
気が付けば口角が弧を描き、口腔はお礼の形を描いていた。そう、母はいつだってぼくのために大変な努力をして、ぼくを導いてくれている。
毎日のきつい訓練だって、勉強だって、全部母が見てくれていた。
母は現役のリーグトレーナーで、ジムリーダーだ。母の言う事さえ聞いていれば間違いはない。
母の願いを叶える事は、きっとぼくの願いを叶える事だ。
「それとね、あたしのラプラスをあんたに譲ろうと思っているんだ」
「……え」
ようやくばらばらの気持ちが、溜息の流れに乗り、音と共に現れた。ラプラスは母の切り札だ。
母が大切に育てたポケモンであり、母と共に育ったポケモンでもある。
ぼくが体得してしまった『自我』の萌芽は、母親との、そして街を一つ巻き込む程の激しくて長い諍いの始まりだった。
◆
スタジアムに大きな歓声が広がった。
キョダイセキタンザンと、キョダイカイリキーが向き合う勝負の最中。カイリキーの放った巨大な拳、ダイナックルがセキタンザンに直撃した。だがキョダイセキタンザンは弱点を突かれたにも拘わらず容易く受け止めて、両足で立ち続けていた。
当然だ。誰にも負けないようにずっと訓練し続けてきた。彼の硬さは誰よりもぼくが知っている。
それでもこうして結果として見られることは、トレーナー冥利に尽きる。心の奥底に炎がくべられて、燃えゆくのが分かった。
ぼくの腕に輝くのは、結局、あの時母から貰ったダイマックスバンドそのままだった。
あちこちぶつけたりして当時よりは煤けてしまったが、それでもまだ立派に輝いて、切り札たるバディをキョダイマックスさせてくれるものだ。
ねがいぼしの光を纏ったセキタンザンは、キョダイセキタンザンとなって体躯を42mへと変化させる。ガラルでしか見られない進化現象。
何より迫力あるその姿は、観客を虜にすることを知っている。ぼくは彼の見目が何よりも映えるように彼の前に背中を見せて立ち、セキタンザンに指示をした。
「ダイバーン!」
セキタンザンの放った力いっぱいの劫火は、スタジアムの温度を一気に上げ、相手のカイリキーの体力を奪った。強い日差しが緑の芝を輝かせた。
セキタンザンとカイリキーの周りを包んでいた紅い光が破裂するように輝き、空気を吐くように元の姿に戻っていく。彼らの姿を変えていたダイマックスエネルギーは時限付きのものだ。
お互い体力はそれほど残っていない。ここで一気に決めるしかない。だが、これは反動で彼自身の体を削る大技だ。カードを切ったところで耐えられるだろうか。耐えた所で、その後の彼の身体を考えると、どうしても逡巡してしまう。別の大技は確かに強力だが、外す可能性が高い。
灼けるような日差しが肌を貫く。セキタンザンがぼくを振り返ると、赤い眼が爛々と輝いていた。ぼくの心は決まった。
「フレアドライブ!」
ぼくの叫びにセキタンザンが呼応して、石炭の巨躯を炎で包み込んだ。炎の弾丸となったセキタンザンはその場で跳躍し、パンチを繰り出そうとしているカイリキー目掛けて飛んで行く。
ぼくは見た。夜空を流れる一等星が空気を裂いて燃え盛っている。
流れ落ちる願い星が、今この瞬間ぼくの目の前にあった。ぼくが探していて、ぼくが何より見たかったもの。ねがいぼしは、ひとの願いを叶える星だ。ぼくの願いを乗せて、彼は輝きを纏い飛躍してゆく。
ぼくは思わずサングラスを抑えるが、自分の口角が上がってゆくのを感じた。
セキタンザンのねがいぼしは激しく燃え上がり、真っ赤な尾を引いて落ちて行く。
ここはぼくが選んだぼくの道の上だった。母との衝突を、批判の声を越えた先にある場所。
ぼくはここにずっといる。そして彼の隣に居続けたい。これから先も。
セキタンザンが吼え、審判が高らかに結果を告げた。
ぼくの流れ星は、ぼくの願いを聞き届け、かなえてくれたのだった。