暗い色をした水面は、いつも自分の顔をぽっかりと浮かび上がらせていた。月だとマクワは思った。真っ暗な夜空に浮かぶ、白い月のような自分がそこにいた。
じっとりと重たさのある風は磯の活きた香りを纏って、ひんやりと頬から体温を奪いながら過ぎ去ってゆく。岩と岩をちぎるような水辺はしばらく浅いが、突如深さをもってひとに怜悧な牙を剥く。
一度落ちてしまえば、もう助からない可能性さえある恐ろしいその場所は、いつだって氷の町のすぐ隣にあって、何もない顔でただ静かにこおりを学ぶ少年を映すのだ。
お前が何たるかを、そしてその身の程を、知るのだと冷たくシビアに問いかけ続けてくる。
それがマクワにとっての「海」だった。海に行くたび母の教えを受け、そして母が譲らんとするラプラスとともに航った。
◆
カツン、浜辺でガラスとガラスがぶつかった。白い砂浜に座ったマクワが、隣のセキタンザンの持つサイコソーダの瓶に、同じものを軽く当てて響かせた音だ。
透けた素材同志が重なる影は、いっそう輝きを強め、まるでダイヤの破片のような光を放った。中に詰められたガラス玉と気泡がちかちかと揺れる。
照り付ける日差しはいっそうそれらを強く輝かせていたし、セキタンザンの背中のほのおをより猛々しく燃やす力になっているようだ。また額から流れた汗を拭って、マクワは笑った。
「今日のトレーニング……お疲れさまでした。……たまには良いでしょう? 乾杯……ということで」
「シュ ポォー!」
バディは瓶に口を付けると、揃って喉を通した。甘い炭酸ソーダはすっきりとして、今しがた野生のポケモンたちとひたすら連続で戦い、疲弊した体を冷まし、癒していく。
もっともセキタンザンにとってはこの冷やすというのは身体の天敵だ。少しずつゆっくりと口の中を通していた。それでも、安らぎをもたらしていることは同じだった。
マクワは少しだけ目を細め、空のガラス瓶を持ち上げて言った。
「……この間すなあらしの後、きみの背中から黒くて透明な石が出てきたの覚えていますか?」
セキタンザンは肯いた。まだつい先日のことだ。先発のバンギラスがすなあらしを呼び起こした後で切り札はすぐに登場した。その試合はあっという間に勝利をもぎ取ることが出来、言葉に出さないマクワが珍しく褒めてくれたからよく覚えているのだ。
その後、マクワがセキタンザンの身体のメンテナンスをしていた時、まるで祝福するように、石炭から紛れて出てきた小さな光の破片。
「あれはケイ素という物質が多い場所で……あの時はちょうどバンギラスの呼んだ砂にケイ素が多かったみたいですね。きみの高い温度のほのおに当てられたケイ素が溶けた後、冷やされて固まってできたものですが……このガラス瓶と色以外はほとんど変わらないそうです。
石に詳しい方々の受け売りですが……とても面白いですよね」
「シュポ!」
「きみの温度なら……このガラス瓶も溶かすことが出来るし……新しい石にも出来てしまう。……すごいことです」
「ポォー!」
セキタンザンが、地面に落ちている何かを見つけたらしい。空っぽのガラス瓶を置き、砂の中からその大きな指で器用に拾い上げると、マクワに差し出した。
太い石炭と石炭の指に挟まれて小さな煌めきを放つのは、薄くて丸い、何かの切れ端にも似て波打つような形状をした透明な緑色の石。
「これは……シーグラスですね。廃棄されたガラス素材の瓶等が、川や海の水に流され、長い年月をかけて削られた結果、こうして石のようになるものです。……そう、今の話と同じもの……きみの作る、きみの仲間ともいえるかもしれません。……あの時の透けた黒曜石といい、とてもカラフルですね」
「ボオ」
「……本当に、海って……こんなにもいろんな色があったんですね。ぼくが知っているのは……きっといつも不機嫌な海ばかりの狭いものだったのだと……そう思います」
「シュポオ?」
「そう、キルクスの入り江。きみのおかげでこんなにもたくさんの色を視ることが出来た。
……ぼくも太陽の仲間になれた」
「ボ?」
「ふふ、なんでもありません。……ぼくは月かもしれませんが……でもきみの輝きで光るもの。きみの輝きを届けるもののだから、それはきっと……素敵なことです」
真っ黒な顔は首をかしげた。それから自分の足元に置いてあった瓶に向けてほのおを放った。白い砂粒の上でほのおが躍り、瓶はまるで粘土のようにふにゃふにゃと形を崩して小さくなった。
「わっ!? ちょっと、突然何して……」
真っ赤な色に染まっていたガラスの塊は、煙を上げながらゆっくりとまた透明に戻ってゆく。
「ボオ!」
「……これも……黒曜石とシーグラスと一緒に……きみのコレクションにしたいのですか? ……まったくきみは……」
セキタンザンは得意げに笑っていて、マクワはいっそう目を細めた。
「やはりきみには敵いませんね。わかりました、全部ぼくが研磨してアクセサリーにしてしまいますから……きみは首を……いや張り切って待っていてください」
高らかな機関車の声が浜辺に響く。砂の上の石の輝きはいつまでも光続けていた。