籠るような温かさがずっしりと太ももの上に乗っている。
マクワが目を覚ませば、そこはキルクスの自室のソファの上だった。大きな窓は分厚いカーテンで遮断されていた。
時計の針を見ればもう日付を越えてしまっていて、自分の膝の上の重みに視線をやれば、きれいに頭も手足もしまったツボツボの甲羅が乗っかっていた。どうやら眠ってしまっているらしい。
一日の最後の手入れをしている途中で、うたたねをしてしまい、ツボツボも一緒に寝ていたようだ。大きな掌でそうっと硬い甲羅の表面を撫で、手入れで削った部分の粉末を払った。ほんのりざらざらした感触と、うっすら酸味の混じった甘い香りが鼻についた。
手入れ自体はしっかり終了している。ソファの上に転がしたままのモンスターボールを手に取り、ぐっすり眠ったツボツボを戻した。
あともうひとり、手入れをしておかなければいけない相棒がいる。マクワはポケットにしまったモンスターボールをひとつ取り出すと、スイッチを押した。
広いリビングに大きな石炭の山が現れて、ほのおの焦げるような香りがする。うつらうつらしていたのか、釣り目の瞳は少し眠たげにぼんやりとしていたが、マクワと目が合うとにっこりわらった。
マクワはさっそく彼の顔に手を伸ばし、そうっと目の下の硬い石炭の皮膚を指で擦った。平らに見えるが、凹凸も多くごつごつしている。角ばっている部分が多いと見栄えが悪くなってしまう。
左手に持ったキリの金属の細い先端でつんつんとたたいた。これは狭隘に嵌まり込んだ石や、ツボツボであればくっついて硬化してしまったきのみジュースを外すことによく使う道具だ。
セキタンザンもよく知っていて、くすぐったそうに笑った。
「寝る前にもう少しだけきれいにしますね」
「シュポォー」
黒い石炭の指が時計をさした。先に寝た方が良いのではないかと訴えている。
「……これだけ終わらせてからでないと……明日が来ませんので」
子供っぽい膨れ面をしてから、マクワはセキタンザンの石炭と石炭の間をじっと見つめた。大きな石炭が関節に入り込んでいる。ずっと石炭を生成し続けて、不要なものは落とすというセキタンザンの習性上、こまめに確認しておかなければいけない事象だった。
「ほら、こういうのは早めに取っておかないと……もっと奥に入り込んだらあとでつらくなりますよ」
「ボオ」
「右腕をこの高さにあげておいてください」
早速マクワはキリを握り替えて、セキタンザンの肘裏に当たる関節部分に向き合った。金属部分で入り込んだ石をとんとんとたたき、動かしてゆく。手前に引っ張れば、ばき、と音がしてセキタンザンの身体からきれいに外れた。
「よし。ほかも確認しておきますね」
そうして座り込んだセキタンザンの周りをぐるぐると巡り、引っ掛かった石炭がないかを入念に確認した。少しでも挟まっているものが見つかれば、キリの太さを替えて丁寧に外していく。
それからセキタンザンの顔をじっと見た。気持ちが良いのか、頭がうつらうつらと舟をこいでいて、瞼も重そうだ。
マクワはキリを紙やすりに持ち替えて、大きな頭をゆっくり持ち上げ傾けながら、先ほど見つけた尖りの部分を擦って研磨する。
セキタンザンも気が付いたのか、眼を開けてマクワを見下ろした。
「ポォ」
ふいに視線が合って、マクワはセキタンザンの頭を離し、小さく首を傾げて見上げた。
瞳の中に彼の顔を映すよう見つめた。自分のこの角度には自信がある。
最初はよくわからず四苦八苦していたが、これは写真集用の撮影のとき、カメラマンさんに何度も褒められた部分で、実際にファンも喜んでくれたものだ。
「フフ、どうですか。……いいかんじ?」
「シュボ?」
「こっちはどう?」
再び角度を変えてほほ笑んでみる。セキタンザンはよくわかっていないようだったが、マクワなりの遊び方だった。
セキタンザンはただにこにこ笑って頷くと、そのまま黒曜の瞳でじいっとマクワを見下ろした。
マクワは思わず瞬きをして、それから俯き、セキタンザンの顎の下に頭をいれながらぎゅうと抱き着いた。なぜだか顔が熱くなっているのがわかる。
「……やっぱりきみには勝てません……」
「しゅーぽ??」
「はぁ……なんでセキタンザンは……かっこよくてきれい……なのかな」
相変わらずセキタンザンは不思議そうに首をかしげながら、ゆっくりとマクワの背に手を伸ばした。
「い、いやいや……ぼくだけが独占するわけにはいきません。みなさんにもしっかり伝わるように……なによりいわのイメージを覆せるように。もっともっときれいにしますからね」
「ボオー」
マクワがセキタンザンの身体に回した両手を外し、ゆっくりとその身体から離れようとする。けれどいたずら心が生まれたセキタンザンは、そのまま相棒の身体をぎゅうと抱きしめた。
「ちょ、まだ作業するので」
「シュポォー」
「……うう。た、たしかにきみはすでに完璧で……理想で……だったら手を入れる必要なんてない……ないのですが……」
マクワはゆっくりとその場に座り込むと、大きなその腹に背中を預けた。紙やすりはセキタンザンの太ももの向こうの絨毯の上に置いた。
「……眠くなりました。今日はここで寝ますからね」
「ゴォー」
「きみも朝までここで寝るのです。動かしてはいけませんよ」
「ポポポ」
「……ぼくが寝た後ベッドに運ぶ気まんまんですね? ……もう」
セキタンザンの黒い両手が、マクワの腹を抱えるように回された。セキタンザンは知っている。
マクワがいつもどうやって寝るか。床の上で寝た後のマクワのこともだ。
バディは目を閉じた。
「……まあ……たまには……きみの好きにするといいです。……おやすみなさい」
「シュ ポォー!」
石炭の頭が頬ずりをして、マクワはうっすらと目を開けセキタンザンの顔を見た。背中の炎がぱちぱちと弾けて、からっとした温かさが伝わってくる。ツボツボの温かさも、セキタンザンの温かさも少しだけ違っていて、けれども優しいものに違いなかった。
心の底からの安心の形を絵にしたように、嬉しそうな微笑みがそこにある。
優しい笑顔に身体が綻んで、あっという間に眠りの淵に溶けていった。