愛を叫ぶ

追い詰める。とうとう、ようやくここまで来た。
歓声でスタジアムが震える。客席のライトが波を打つ。
芝を燃やした焦げた香りと砂の重たい土の香り、そして石炭が生み出す蒸気の香りが、羽ばたきのに乗って舞い上がり渦を巻く。
風を裂いて、オレンジ色の龍の顔がマクワのサングラスに映る自分の姿を見下ろす。幾度も王座を守り抜いてきたチャンピオンそのもの。無敗のダンデのバディだった。
お互いのダイマックスバンドはもうエネルギーを使い果たしていた。
チャンピオンのポケモンはもう残りリザードンしか戦えない。そのリザードンも度重なる技の応酬の中で疲弊し、体力を削られているのが目に見えていた。
必死で涼しい顔をしているが、羽ばたきのペースが落ちている。風に揺れる芝の囁きが弱い。
なら今は。

「ストーンエッジ!!」

バディの声を聴いたセキタンザンが紅い目で即座に怜悧な岩片を生み出し、空飛ぶリザードンに向けて投げつけた。
セキタンザンもこの長い闘いの中で、だいぶくたびれ始めていた。

「お返しだぜ、げんしのちから!」

ダンデのマントが風を帯びて翻る。
先ほどまでの緩い流風が嘘のように重たさを持ってリザードンの身体を押し飛ばす。セキタンザンが投げた幾つもの石剣を躱して大きく吠える。周りにいわのちからが輪を描いて集まる。

「セキタンザン、タールショット!」

周囲を包む蒸気の白い煙が一層強まる。石炭の巨躯が芝の上を走り抜ける。だが特殊なちからを帯びたリザードンのいわはセキタンザンの身体を捕捉した。
石炭の山は黒い油をリザードンに向けて吐き出した。王者の腹に付着した重たい油は、いっそうリザードンの羽の動きを束縛する。

「ストーンエッジ!」
「だいもんじ!」

大火と巨岩がスタジアムの中央でぶつかり合う。破裂するような音が響き、激しい強風がスタジアムを襲った。
タールショットの油はどんな相手でも引火させてしまう強力なものだ。まさかそれを自分の身体に残したまま、ほのお技を使うなんて、マクワの予想外だった。
上がった土煙にお互いの姿が喰われていく。中央は視界の効かない煙の中に包まれた。
だからといってここで攻撃の手を緩めてしまったら、再び相手のペースに巻き込まれる。
マクワは煙の中に弾ける橙色の炎を見た。

「フレアドライブ! 2時方向です!」
「ゴオ!!」
「今だ、げんしのちから!」
「まさか……」

今、ほのおを上げて飛び上がったセキタンザンの懐に、光のいわが飛び込んだ。横からの衝撃を受けた彼は、浮力を失って弾き飛ばされる。

「セキタンザン!」
「もう一発、げんしのちからだ!」

煙の中から姿を現したリザードンは、再びいわの力を、石炭のポケモンに叩き込む。立ち上がろうとしたセキタンザンは再び芝の中に転がった。
空から見下ろすリザードンの眼が光を帯びている。げんしのちからの効果はセキタンザンに向いていただけではなく、リザードンにも及ぼして、彼の持つ力をより覚醒させていた。
より強い力を直に受けたセキタンザンは、倒れたまま起き上がらない。マクワは歯噛みした。
ほのおの力の強いセキタンザンにとって、相手のいわの力は脅威だ。トレーナーが何より理解している。これ以上戦わせれば命の危険さえある。審判ロトムが降りてきた。思わずモンスターボールに手が伸びる。だが、今は。

「……ゴォ……!」

セキタンザンは顔を上げると、紅い瞳で真っ直ぐにリザードンを睨んでいる。そして体を起こし、一気に自分の背中の火炎を上げた。
マクワはサングラスを抑え、冷たい意思の瞳ダンデを強く睨む。
ああ、諦めてたまるか。ぼくは信じる。それがぼくに出来る、ぼくの咆哮だ。
ぼくたちが、セキタンザンがどれほどの訓練を費やしてきたか、傷みを超えてきたか。
ぼくは知っている。ぼくだけが知っている。ここまで来たんだ。ぼくらは負けない。負けられない。
いわの輝きの絶対を焼き付ける。

「ええ、きみは誰にも砕けない……。砕かせない。ぼくらの冠を……頂こうッ! セキタンザン!!」

ぼくが愛を叫べば、相棒も応える。

「シュポォオオ!」
「ストーンエッジ!!」

マクワが技の名前を叫び終えると同時に、セキタンザンの前に岩槍が迸る。それは波を打つようにしてリザードンへ向かう。飛翔して避けようとした彼の前で岩片は割れ、その中から更に太い岩の剣が伸びる。岩の流れは炎竜の翼の付け根を貫き、彼を地に撃ち落とした。

「リザードン……!!」
「……やった……!」
「……いい息だ、最高だぜきみたち! けど安心するのはまだ早いぜ。リザードン、だいもんじ!」

劫火が上がった。風に乗って炎が舞う。それから巨大な形を作り、立ちはだかるセキタンザンの巨躯に牙となって噛み付いた。めらめらと揺れる猛火は石炭の山を喰らい切ると、煙となって姿を消した。黒岩のセキタンザンは、まだじっとその場に立っていた。

「セキタンザン……!」

仁王立ちをしていたセキタンザンの身体が揺れた。ふらりと傾いて、その場にしゃがみこむようにして足をつく。ばらばらと石炭の破片が零れ落ちた。
セキタンザンの巨躯は、モンスターボールの光に包まれて戻っていった。
リザードンが咆哮する。ダンデが合わせてポーズをとる。観客の声がスタジアムを包み込んだ。マクワは眉根を寄せながら瞳を閉じるとサングラスを抑え、それから歯を見せて笑った。

「砕かれてしまうとは情けない。……いえ、おみごと……でした」
「マクワたちも最高だった! 一瞬本当に負けたかと思わされた。楽しいバトルだったぜ!」
「ええ、本当に……彼らはよくやってくれました。いわのすごさ、輝いていたかと。……お疲れ様でした」

マクワが今ポケモンを戻したばかりのモンスターボールに小さく口づけをする。黄色い歓声が一段と大きくなった。

「それいいな! リザードン、ありがとう!」

ダンデが相棒の頭を寄せると、頬に軽くキスをした。再び観客が盛り上がる。
トレーナーは握手を交わすと、互いにスタジアムの観客席へと手を振り続けていた。