きみの目を見つめると

そこには必ずぼくがいる。
控室で今日の反省会に没頭し過ぎて、つい試合後のインタビューのアポイントを忘れてしまった時。あるいは負けが続き、SNSでも下らない罵倒がぼくの名前に並び始めた頃。

そもそも今のぼくの立ち位置は危ういものだ。現在もリーグの一流選手である母が用意した跡継ぎの氷の椅子を蹴り飛ばし、自分の道を選んだことを良く思っていない人も少なくはないことを知っている。
親子喧嘩にわざわざ街を巻き込んでしまったぼくの(そして少なからず同じ戦いを強いた母の)責任に違いない。

『意地になっていわタイプの道に進まずにこおりタイプを選んでおけばよかったのだ』
『今のぼくの事は見たくなかった』

聴衆は好き放題インターネットの海で自分の気持ちを一時的に慰める。そこに本人が繋がっていて、いつでも覗くことが出来るというのは、思考の隅にも置かれていないのだろう。
とはいえ普段であれば、気にも留めないものだ。大衆が見下ろすガラルの中心に立つ以上、そういった感情のやり過ごし方はきちんと身に着けているはずだった。
結果が芳しくない今、どうしてもそれらが心の中で凍てつき貼り付いてしまっていた。小さな霜のようなそれは、じわじわと範囲を広げてぼくの精神を凍り付かせてゆく。

ああそうだ。確かに無謀だったのかもしれない。母の行動は正しかっただろう。
この結果主義かつ弱肉強食のガラルリーグの中、最初から丁寧に用意された環境と長く鍛錬した技術がぼくを必ず勝利という幸福に持ってくのだと。
将来ぼくを苦しめない為のものだったのだと。

目を瞑ればいつだって思い出せた。何もかもを真っ白に染めあげるこおりの難しさとその力強さ。
ぼくはこおりの中で生まれて、こおりの中で生きることこそが定められた美しい道なのだ。
観客も母も喜ぶのであれば、何も迷う必要はなかった。たとえそれが親が引いた、自己を殺す道だとしても。
大きく息を吐くと、かき消すように現れたのは、真っ黒に磨かれた黒曜石そっくりの、愛嬌たっぷりの優しい眼だった。
背中の石炭の山の中で燃える炎は静かに揺れながら、ぼくの頬を照らして温めているのが伝わった。古い木のような、埃っぽい特有の香りが鼻を擽る。
ぼくよりも3倍も大きな真っ黒な石炭の身体を持つ、ぼくのバディがモンスターボールの束縛を抜け出してその姿を現したのだった。
セキタンザンは小さく鳴くと、じっとぼくを見つめていた。

出会った頃は真っ赤に燃えていた、優しくも逞しいその黒曜石そっくりの瞳が大好きだ。ぼくの鋭利なサングラスは彼の影響を受けて身に着けたものと言っても過言ではない。少しでも彼の姿に近づきたい心の顕れ。
今でもあの時の赤は、相手と戦う時に見せてくれる。猛々しく相手と戦う強い力を持つもの。
だけど笑い方も、ぼくと接する時も優しくて、大昔寒波の時、たくさんの命を温めて救ったという彼らの逸話は本当なのだと教えてくれた。
いわで出来た身体は無骨であまり多くを語らないが、それでもじっと耳をすませばとても雄弁だということをぼくは知っている。
だから彼らの言葉のない言葉が、もっとたくさんの人に伝わるようにしたいというのが、彼らに憧れるぼくの夢であり、そしてこおりを蹴り飛ばしていわの道を選んだぼくの使命だと考えている。

「シュ ポォー!」

セキタンザンはにっこり笑った。もうそれだけで十分だった。指先が温かくなって、血が通っていくのが分かる。気持ちが溢れてくる。
それは全て、きみの瞳の中に映してくれるぼく自身が戻って来たからだ。
セキタンザンはいつだってぼくを見つめてくれていて、そうしてぼくのありたいぼくを返してくれるのだ。ぼくが選んだぼくは、きみの瞳の中にある。
ぼくはそうっとお礼を告げると、その大きな顔を撫でた。背の炎を受けて、ぼくの双眸がちらちらと輝いているのが分かる。そこには必ずぼくがいる。