ベッドの上に、慎ましやかな誰かが乗り上げてくる。しかしささやかなのは最初の足取りだけで、音はないものの、ずっしりとした丸みを帯びた主張はよく知っていた。身体はマクワのいわポケモンの中でも誰より小さいはずのに、その意思の硬さはいつも一番で、彼は行き先を曲げる事を知らなかった。そんな気質を気に入って、マクワは仲間にした。
細い手足はその手足と比較して大きな身体を持ち上げて、布団の上にどしりと乗ったことで、よくよくはっきりと形と重みが伝わって来た。何といっても元気な弟たちとさほど変わらないか、むしろ彼の方が重たい。
マクワは頭まで布団をかぶっているせいで見えないが、おそらくツボツボだろう。
さっき就寝して、それからの感覚はないがまだ朝は遠いはずだ。滅多にないが、ツボツボは時折早朝に目を覚ましてしまい、腹をすかせた時によじ登って来ることはあった。おそらくむしポケモン故の習性なのだろう。それにしてもまだ早すぎる。
布団越しにも深い夜の中にいることが分かる。当然のようにマクワのくっついた瞼は開かないし、身体も頭も動こうとはしなかった。
よく知った感触が近づいてくることに安堵して、まだ睡眠の浅瀬の淵から出る事が出来ないマクワはツボツボの自由に任せることにした。横向きになって眠るマクワの上を、小さな腕が昇ろうとして、くっついた、そうマクワは思った。
しかし、その感触は突然消え、何か大きなものが覆いかぶさって来た。大柄のマクワの身体をすっぽりと包む程大きなそれは、上から強い力でマクワを押さえつける。
驚いたマクワは布団から頭を出そうとするが、そいつは布団の中にマクワを閉じ込めたいのか、全身で押し込んでくる。誰かの息遣いが聞こえた。
(いたずらか……!?)
視界は真っ暗で何も見えない。ただ大きな人のような何かが、マクワを強い力で押しとどめている。足を、身体をばたつかせるが、布団と布団の狭隘の暗闇の中では、圧迫され、全ての力が吸い込まれてしまい、ただそいつの思惑のとおりになるだけだった。
まさか鍵をせずに寝てしまったのか。だがしかし、玄関口はオートロックになっているはずだった。ならばこれはいつ、どこからどうやって入ったのだろうか。ぞっとしたものが汗となって背筋を流れていくが、考えている余裕はなかった。
身動きが出来ない。何も見えない。腹の奥から恐ろしさが湧き出て、ぐるぐるとマクワを掬い取り、嵐のように暴れまわろうとしていた。
呼吸が辛い。ひゅう、ひゅうと自分の鼻の奥から出る音ばかりが耳に届いた。
だが、そこで気が付いた。自分が今、体勢を僅かばかりに変えて横倒しになろうとしたとき、激しい痛みがあった。その原因がわかる。
自分の身体の胸の中、綺麗に並ぶ肋骨の檻。身体を傾けた際に、中身である臓器の塊、肺が、心臓が、重力に引っ張られ、その美しく組まれた肋骨のなかに触れて、ずくんずくんと痛苦を生んでいるのだ。
今も少し身体を傾けるだけで強く痛んだ。そうしてわかる。自分の骨の正しい位置と、柔い肉がぶつかり刺さる、ひとのよわさ。
ツボツボが起こしに来たわけでも、いたずらで部屋に入り込んだ誰かが乗り上げてきているわけでも、一切なかった。ただ、寝返りを打とうとしていただけ。
ただマクワ自身の身体のなかで起きたエラーが、マクワ自身を苛み、動けなかったのに、正しく認識することができなかった。レポートのエラーだ。
ただそれだけのことだ。ひとの身体にある偽無機物の贋作のいわの檻にでさえ、ひとの肉の器官は耐えられない。耐えられるはずもないのだ。
ひとのもつ、まやかしのいわの檻、有機鉱物、にせもの、にせもの。レポートがこわれています。
突然ばちん、と目の前が光って、痛みが少し収まった。
身体と頭が軽くなって、呼吸がすうっと整った。身体の中に酸素が取り込まれていく心地がした。レポートが、こわれています。
しかし。マクワは布団の中で頭を抱えた。何かが記憶の中から無くなったような気持ちがあって、しかし何を失くしたのかはわからない。そういえばさっき、誰かポケモンの事を考えていた。
すごく面白いポケモンで、とっても気に入っていたはずなのに、一緒にいろんなことをしていこうと、思っていたはずなのに、何故か名前も、どんなポケモンだったかも全く出てこない。
また目の前で白い閃光が弾けた。痛苦は軽くなり、思わずごろんと寝返りを打った。
でも、またなにかが消えている。ポケモンのこと。どうしてポケモンのことばかりだ。すごく強くて、絶対に勝つと決めたときのための要のポケモン。
レポートが。光った。痛みはきれいさっぱり無くなった。
やっぱりまたなにかが消えて、軽くなったことだけはわかった。とてもユニークでたのしい。
もうひとつ光った。レポートがこわれています。
賢く頼もしい。なんのことだかわからない。レポートが。レポート。真っ白になった。かがやき。こわれて。こわれています。きらきらしていて綺麗だ。真っ白。白を見るとほっとする。
白はあたたかい。ずっと白といっしょだったし、これからもしろといっしょにいるからだ。
レポートが こわれています
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