ああ、星が足りないな、とマクワは思った。
今年もウィンター・ホリデーのパーティが終わった。この時期はいつも以上にファンイベントを重点的に増やし、スタジアムも華やかに彩っている。
大きなもみの木の天辺には星を飾り、キラキラ光を反射するモールとライトを巻き付け、ぴかぴかと輝くオーナメントをぶら下げる。
大人はコートを着て、三角の帽子と白い袋を背負ってプレゼントを配る。これはデリバードというポケモンの習性を真似たものが広まったものらしい。中には白いひげを付ける場合もあるという。
マクワも今日はデリバード風の衣装を身に着け、ファンに日頃の感謝とプレゼントを贈った。
一連のファンイベントが無事に閉会し、ジムトレーナー達と共に片付けも終えて、スタジアムに残ったのはマクワだけだった。既に帰り支度は済ませて、普段着のセーターに替えている。
帳簿に細かく今日の記録を残すのは、マクワの日課。ポケモンの様子だったり、自分の反省点だったり、仔細を書き記していく。キーボードに両手を滑らせ、一通り書き終えた所でふと見上げる。
一日イベントのサポートをしていたセキタンザンが、うとうとと半分眠りながらソファの横に座って待っていた。背中の石炭の大きな山が、彼の呼吸に合わせ、ゆっくりと赤く燃えて輝いてはすうっと消えて、また赤く燃えている。
マクワは部屋を出ると倉庫に入り、棚の中から先ほどジムトレーナー達としまい込んだ箱を引っ張り出す。大きな段ボール箱を持ち上げ、再び自分の事務室へと戻れば、相棒が気持ちよさそうにうたた寝をしている。
箱を入り口から入ったすぐ傍に置き、蓋を開けて中から飾りを取り出した。
出てきたのは大きな金属で出来た星飾り。裏に輪っかが付いていて、くっつける事が出来るようになっている。セキタンザンの背中の山の天辺に、崩さないようそれを取り付けてやる。
「シュオ?」
「ふふ、これでよし」
セキタンザンが眼を覚ました。
足りなかった「星」がついて、マクワは満足げに笑う。セキタンザンの背中の頂きで光る大きな星、きらきら輝く大きな山。まさに今日、スタジアムの中心で立派にさんざめいていたもみの木そっくりだった。
「主役に……応しい輝きですよ」
スマホロトムを呼びだすと、セキタンザンの周りをまわってシャッター音が響く。
そういう時、セキタンザンもどうしたらいいのか知っている。目を合わせて、ちょっとだけポーズをとるのだった。
「シュポ!」
「……そうだ、待ってくださいね」
さらにマクワは箱の中から赤い帽子と白い袋を取り出した。セキタンザンに帽子を被せ、袋を渡す。
ツリーを背負い、帽子をかぶったセキタンザン。マクワはソファの上に座ると、ひとりでころころと笑っている。
相棒がこれほど楽しそうに笑う姿も珍しくて、セキタンザンは今日のパーティを思い出し、袋を背負って構えてみると、それもまたマクワのツボに入ったのか、さらに笑う声が大きくなった。
「……ふふふ、あはは……! きみはこのウィンターパーティ、一人で何役も出来てしまいますね……! 本当はきみのためのパーティなのかも……ふふふ」
「シュポォ」
「ふふ、でもそれは働きすぎなのでダメです。きみはやっぱり試合してくれなくちゃ。これはぼくの仕事ですから。でも」
マクワは身体を起こし、目尻に浮かべた涙を指で拭いてもう一度セキタンザンを見上げる。
「でも……こうしてぼくが独り占めする分には……問題ないですからね……ふふ」
「シュポォ……」
「うん……ちょっと今日……思ったより回ったみたいで……まだかなり酔ってます」
パーティといってもマクワは主催側だ、何かあってはまずいし、客を楽しませる方だ。誰より飲み方には気を付けていたつもりだった。
ファンという自分を支えてくれているひとたちの居る空間の温かさに、気を抜いてしまったのだろうか。
戸棚から普段休み時間用に使うふかふかのブランケットを取り出して、マクワは言った。
「申し訳ないですが……今日は泊っていこうかな」
「シュポォー!」
「ふふ、楽しいですか。……その代わり早朝はトレーニングを兼ねて走って帰りますよ」
「ポ、ポォ」
「おや、やる気ですね。よかった。……汚すといけませんし……名残は惜しいですがそろそろ片付けましょうか」
「ポオ!」
マクワが手を伸ばすと、セキタンザンがすっと立ち上がり、星が逃げていく。天頂の星は随分な高さになり、届かない。酔いが回って均衡感覚を失っている状態では、足取りもおぼつかなくて、とても追いつけそうになかった。
「……セ、セキタンザン、……うぐ……!」
「シュポ……!」
いつものじゃれ合いのつもりだったが、酔いの状態を想像出来ず、セキタンザンは慌ててふらつくバディを支えた。マクワは少し悔しそうに眉間にしわを寄せたが、アルコールに流されて、幾度か瞬きをした後にすぐ話を切り替えた。
「……それ、気に入ってるのですか?」
「シュポォ」
「ふふ……じゃあ今だけぼくもお揃いでいようかな……星はないから帽子だけ……」
段ボール箱からもう一つ三角帽子を取り出すと、マクワは被ってみせた。
二つの赤い帽子が並んで揺れた。
「……温かいですね」
「シュ ポォー」
窓のサッシに積もった夜のこおりが音を立てて溶けていく。頂きの星はいつまでも炭火の灯りを受けてぴかぴかと光を放っていた。