日差しが消える。暗雲が立ち込め、冷たい風が吹き、大きな雪の粒が窓を叩く。天気の急変に、ぼくはスタジアムの会議室から窓の外を見た。重たい雲が町全体を覆い隠し、塞ぎ込むように真っ暗だ。大粒の雪が横から硝子を殴るように叩きつける。
「なんだか嫌な天気ですねえ」
「今日は早く上がりましょう。……帰れなくなるかもしれません」
ジムトレーナー達が口々に様子を言い合うので、ぼくは外の景色を見つめながら伝えた。
「いえ……逆に私たちの仕事が必要になる可能性もありますよね、これ……」
「確かに確かに確かに! 普通じゃないもんね。ポケモンかもしれないよね!?」
「……既に帰れない気がするなあ」
窓ガラスは映画のフィルムのように、刻々と激しく移ろう雪景色を映し出している。
外気の影響で、室温が少しずつ下がり始めた。ネジを回しストーブの火力を上げて、周囲に集まる。スマホロトムを見ていたヨシコが言う。
「寒い……ストーブストーブ」
「気象予報では想定外……そうだよね……」
「こういう時は俺の出番! トロッゴン!」
「ハッカー!」
「ああ~トロッゴン~!」
「外の様子を見てきます。いったんこちらで待機して、すぐに出られるよう準備をしていてください。また連絡を取ります」
「ええ、マクワさん一人で!?」
「ぼくにはセキタンザンがいますから。こういう時はぼくの出番……いえ、彼の出番、です」
部屋を出て、雪で閉ざされたスタジアムの重たい扉を開く。目の前に広がるのは大雪に閉ざされたキルクスの街。石造りの家や建物はひとよりも何倍もの高さの雪に埋もれて途方に暮れている。
小さな小屋や木造りのものは拉げて中身を見せた。広く長く伸びていた道は真っ白で、無に帰している。草も木も、土もひとも建物も、ここにはなにもない。境界も。生も、死も。
このままでは気温はどんどん下がっていき、ただひとが存在するだけで辛い場所になるだろう。
ただ耐え忍ぶばかりの、虚無と間違いの世界。
けれど、それを救える存在を知っている。ぼくは、知っていた。
すぐさまセキタンザンを呼び出すと、慣れた力でキョダイマックスさせる。ガラル特有のキョダイマックスエネルギーの力で、セキタンザンは形を大きく変えて、スタジアムの前に聳え立った。
真っ白を切り裂く、赤と黒の光。
「セキタンザン! きみの力でこの寒気からキルクスを守って!」
「シュポォー!」
セキタンザンは吹雪の風をものともせずに大きな足で歩いていく。高温に触れた深雪はあっという間に溶けて蒸発し、吹き飛んでいった。下から出てきたのは、はちみつ色の石畳。
人々が長い年月を掛けて築いた、この街を繋ぐ道路。
「……ああ」
彼が苦手な「水」すら残さぬ強烈な温度。内部は2000℃もあると言う。表層に近づくだけでもかなりの高温なのだ。彼はあっという間にキルクスを救うだろう。
マクワはセキタンザンに背を向けると、一人山の方へと向かっていく。激しい雪風はまだ残ってはいるが、マクワは知っている。マクワだけは知っている。この雪風が当たらない場所を。
そしてこの風は、自分自身を避けようと動く事。
「……ありがとうございます。そして、ごめんなさい。きみたちに……こんな仕事をさせて……」
誰も知らない裏山の洞窟の陰。そこにはモスノウと、クレベース、ヒヒダルマ。ただ氷技を使うだけではなく、天候変化を起こすことで、人々の目を欺く。
ぼくはひんやりと冷たい彼らを、順番にそっと抱きしめると、モンスターボールを向けた。
その間も、セキタンザンはキルクスの街をひとり進んでいる。キルクスの街の中央でじっと佇んでいるのが見えた。高台の特等席で彼の様子を見るのだ。
「セキタンザンだ!」
「ありがとう!」
あれはホテルの観光客だろう。寒冷地慣れしていない彼らにとって、この天候の変化は恐ろしくてたまらなかったに違いない。けれどセキタンザンの温度があれば、すぐに元の温度に戻れる。
双眼鏡を覗いたマクワは、雪が溶けて、開ける事が出来るようになった窓から手を振っているアローラからの客人を見る事が出来た。セキタンザンがまたひとり、またひとりと人を救っていく。
彼が、英雄になっていく姿を、本当に伝説になってゆく姿を目に焼き付ける。
「み……!」
あれは英雄の湯に飛ばされ、遺跡に引っかかっていたユキハミだ。強風に飛ばされたうえに、雪や氷に埋もれて困っていた所をセキタンザンが助けてあげたのだ。
当たり前だが彼はポケモンにとっても救いになれる。
流石にユキハミにとっては高温は毒になるので、木の枝を使って救出してあげた所を見た。
不器用なのに、本当に優しいポケモンなのだ、セキタンザンは。
ふと一報入れるという約束を思い出し、スマホロトムを呼びだした。
「ロトム、一報を入れておいてください。急ぎ天候は落ち着き始めて、セキタンザンだけで大丈夫ですと」
「了解ロト。……マクワ……。……とても、寒そうロト……」
「……」
寒い。そう、とても寒かった。セキタンザンのお陰で殆ど雪雲は取り払われたが、この辺りはまだ分厚い雲も、ちらちらと霰も残っている。おそらくぼくのポケモン達がいた影響だろう。
けれど、ぼくにとってそんなことは些末だった。
もうすぐキョダイマックスも終わるだろう。それまでは、最後まで見ていなければ。
こんな馬鹿なことに手を出したのだ。きちんと最後まで。そう、最後まで、彼の雄姿を見つめていたい。
雄々しいセキタンザンの背中が、キルクスの中をぐるぐると廻っては、誰かを助ける。
時にはじっと動かずにいて、誰かを温めている様子だった。
それを見ているだけで、ぼくの体内もぐっと温かくなった。よかった。安心したのか、瞼が重くなってきた。とても眠たい。ごつん、と遠くで無機物同士がぶつかる音が聞こえた。
猛々しいセキタンザンの背中が、ぐるりと回って、真っ赤な目とぼくの眼が合う。
どうして
セキタンザンは真っ直ぐに、真っ直ぐにぼくの元へとやって来る。来ないで欲しい、逃げたいと思うのに、身体は全くいう事をきかなかった。
どんどんと辺りが温かくなって、セキタンザンの手が伸び、倒れ伏すぼくの事をぎゅうと摑まえた。