険しい褐色の岩肌は極氷の白に覆われて、空からちらちらと降りてくるのは微細な雪の破片。やまおとこが思わず目をとられて見上げれば淡いオーロラが輝き、まるで異空間に誘い込まれたようだ。
絶対零度の氷河期がパシオの山中に到来した。
「いいよラプラス! さあ一気に決めようか れいとうビーム!」
大きな口に光が集まり、凝縮した冷気が光線となって放たれた。カイリキーにぶつかって弾けると、そのまま圧力となり巨躯を押し倒した。最後の一体が倒れて、モンスターボールへと帰っていく。
「いい勝負だったよ!」
メロンは去っていくやまおとこたちのチームの背中を見送ると、くるりと振り返る。
「……なのにこっちときたら、全く情けない!」
そこには顔を真っ蒼にしてしゃがみ込み震えるケイとバディのピカチュウ、そして2人を温めるセキタンザンとマクワがいた。
辺り一面を冷やして得意のフィールドを作って戦うのは、メロンのやり方だ。だがしかし、誰彼構わず行う為、同じチームを組む仲間でさえ巻き込まれてしまう。
「……仕方ありません。まだケイさんは母さんのやり方に慣れていませんから」
「そうだね。ケイは才能もあるし、腕もいいから慣れたらすぐについて来れるから! 今から楽しみだよ! ……おや?」
セキタンザンが立ち上がり、前へ出るとじっとメロンを見つめている。メロンはぱちぱちと瞬いた。マクワが静かに両者の間に言葉を投げかける。
「セキタンザン、ケイさんを温めてください」
「シュポオ」
じゅどん、大きな音を立てて雪が崩れた。セキタンザンとメロンの足元から崖の方へ、激しい音を立てて滑り落ちていく。
メロンは自分を呼ぶ息子の叫び声を聞いて、そのまま意識を失った。
◆
「ボオ!」
目を開けると、至近距離にぱちぱちと弾ける炎があり、メロンは思わず後ずさる。
「びっくりした、あんたか……。ここは……洞窟みたいだねえ」
良く目を凝らしてみればセキタンザンの背中の石炭の山が燃える姿で、ほっと一息ついた。ぐるりと周囲を見渡すと、小さな洞穴だ。
崖の途中に空いたくぼみが上手く洞窟として機能したのだろう。落ちる途中、セキタンザンが上手くメロンを助けて転がり込んでくれた事だけはわかる。上を見上げても既に人の気配はない。下は崖が続いていて、高い木々が並んでいる。
ロトムを見れば、息子から助けに移動しているという報告が入っていた。流石行動が早い。
「ラプラス呼んで無理するのも難しそうだし……。とりあえず……ここで待っていれば大丈夫そうだね」
「……シュポオ」
「あたしと居るのは不服かい?」
「……ボオ」
先ほどもそうだが、セキタンザンは何か言いたげなことだけはメロンにもわかる。
元々息子が独立するために選んだポケモンであり、同時に彼が独立のために手を貸したポケモンでもある。敵愾心に近しい何かがあってもおかしくはない。
上の方は凍らせた氷柱が降りていて、ひんやりとした空気が流れていた。このままでは体温が下がっていくだろう。
それを目敏く察したのか、セキタンザンは少しメロンに近寄ると、身体の火力を上げようとした。
「ああ、ダメ。あたしのことは温めないで」
今度はセキタンザンがぱちぱちと瞬きする番だった。
「あたしはずっと冷えていなくちゃいけないんだ。冷たい所にいて……冷たい場所で戦う。
マクワはポケモンのすばらしさを伝えるために、観客を楽しませるって言うでしょう?
でもね……あたしは違うと思うの。ポケモンは強くなくちゃ。ありのままを見せなくちゃ。
強さそのものを教える事、理解してもらう事こそ観客が本当に必要だって信じてる。
だからあたしもね、こおり専任として、こおりポケモンを最大限魅せられる場所に常に居続けるの。……だからあたしは温めちゃダメだし、熱いのはもっとダメなんだ」
「シュポー」
「そろそろいつもの場所に帰りたいなあ……溶けちゃいそう……」
「母さん、セキタンザン、大丈夫ですか!?」
「やっと来た」
「シュポー!」
崖上にロープを括りつけて、杭で打ち付け足場を作りながらマクワが降りてくる。洞窟の中に軽く飛び降りると、セキタンザンの横をすり抜けて、急いでメロンを見る。
セキタンザンとメロンの間に距離がある事も、きちんと確認をする。
「母さん」
「遅いんじゃない?」
「これでも最短ルートだったのです。さあ、帰りましょう」
メロンはマクワが作った足場を難なく登って元の道に戻っていった。上ではケイがメロンと何かを話しているのもわかった。見届けたマクワが再び自分のバディの下へと降りると、どっしりと座り込んでいた。
「セキタンザン! ありがとうございました」
「シュポオ」
「……セキタンザン?」
なんだか少しへそを曲げているように見える。マクワには思い当たる節は見つからない。
「ポオ」
「どうかしましたか」
「シュポオ」
そこでふと気が付いた。今、一瞬ではあるが自分はセキタンザンよりもメロンを優先していた。
さらにセキタンザンがメロンを温めさせてもらえなかったことさえも自覚しているのに、自分はなかったことにしようとしていたこと。
実の母であり、セキタンザンより遥かに弱い生命だから当然だと思ってしまったが、この僅かな機微は自分のバディであるセキタンザンにとって大きな差異になりかねないだろう。
「ああ……いえ……すみません、ぼくたちの……意地張りに巻き込んでしまって……。……ぼくは多分、羨ましいのです。……ひとつだけに打ち込んで真っ直ぐに進める母が……。だけどぼくはぼくの力で母をこえたくて……」
セキタンザンは今度こそと自分の身体に炎を集めて、石炭に火を灯す。じゅう、と音を立てて周辺を凍らせていたものが溶けて水に変わっていく。
「シュポー!」
「……そうです。温かいですね。ぼくにとってはこおりを打ち破る力でしたから……きっと母にとってはあまり喜ばしい物ではないと思います」
マクワは母の一気に場を凍らせてしまう力を思い出す。
「ですが! ぼくたちはここではチームです。いくら母のやり方があったとしても……やはりチームで勝てなければ意味がありません。きみのやり方は正しい。ぼくたちが目指すのはたくさんの方法を考え試すクレバーな戦いで、観客を魅了する物です」
「ボオ」
「これはぼくと……きみのセキタンザンのちからです。どこでも輝いていける。まだまだ輝かせていきたい」
マクワがひとつ言葉をくれる度に、セキタンザンの中にあったもやもやが晴れていく。
まるで魔法のようだ。メロンもそうだった。温めてはいけないという彼女が自分に掛けた魔法。
それが不気味でよくわからなくて、セキタンザンはなんだかメロンのことをずっともやもやして見ていたのだ。
正直、全部が全部晴れたわけではない。それでも今まで見えなかったものが見えるようになった。
セキタンザンは、それだけでも彼らとずっと共に居られると思った。
「シュポ!」
「うん。それではぼくたちも帰りましょう。知りたい事がたくさんありますから」
残雪を溶かしながらセキタンザンはマクワを先導し、進んでゆく。
艶やかに濡れた石面は淡い日暮れの空を映し出している。