ぱちん、と弾けて飛沫が上がった。石炭の指の間に挟まれた木の実は形をなくし、今は厚みの残る皮と、中に詰まっていた果汁が手の間から流れて落ちていった。
隣で器用に中身を食べていたマクワは、口に入れたものを飲み込んでから言う。
「力を入れ過ぎです」
「シュポー……」
「こちらに」
テーブルの上のかごの中から同じ種類の木の実を軽く指で触れて硬さを確認し、良さそうなものを見つけ、しゅんと肩を落とすセキタンザンに新しいものを差し出し、ポケットからハンカチを取り出すと濡れた方の黒い手のしずくを拭き取る。
ついでに自分の頬に飛び散った苦い香りのする液も拭い去った。
今日の仕事やイベントも終えて、マクワはふかふかのカーペットの敷き詰められたテーブルの上に木の実やお菓子、カレーシチューなどの食べ物、そして自分用の酒の瓶を広げて、立派な一人用のソファに座るマクワと、その隣に座るセキタンザン。
マクワから渡された木の実を受け取り、セキタンザンはそうっと気を付けながら木の実の様子を見た。
それから大きな口の中にぽいと放り込む。じゅう、と焦げるような音と、小さな湯気が上がったのちに、すり潰すような音が聞こえた。熟した苦みの強い香りが部屋中に広がるのを感じながら、マクワはグラスを煽った。
「ポォ!」
「気に入りました? この甘い酒に……ちょうどよいのです」
「シュポォー」
「きみの手はぼくよりずっと硬いですから……気を付けないと……」
マクワは隣に座るセキタンザンの肩を、こぶしでとんとんと叩く。
トレーナーは満たした腹から込み上げる暖かな息をふうと吐き、ソファの下に閉まっておいた短い棒を取り出した。先が平で厚みのある短剣のようなそれは、方解石で出来ており、マクワが特別に作ったものだった。
重たくなり始めた瞼に力を入れて開き、セキタンザンの肩や胸を見つめる。それから表皮が荒い部分を見つけると、平たい棒でばちんばちんと思い切り叩いた。ふわりと粉が舞って、グラスの中の氷を薄い黒で染めた。
そして大きなあくびをひとつ浮かべると、再び棒は同じ場所にしまい込む。
セキタンザンはふるふると体を震わせ、さらに黒い粉と細かい火の粉を振りまいた。
またひとつあくびをしたマクワの目尻に涙がたまり、肉付きの良い丸い指が拭った。
「……眠……。疲れた、かな……」
そのままソファに沈みこむようにマクワは寝息を立て始めた。セキタンザンはもうひとつきのみを手に取り口にした。苦みが口の中いっぱいになって、背中から煙が流れ出ていった。
黒い石炭の右手をじっと見つめる。それから背凭れの片方から頭をはみ出し意識を手放したマクワの頭に手を伸ばした。そして顔の前に伸ばすと、手を広げてみる。
簡単に頭を包み込めるこの手だ。硬いはずのきのみさえ簡単につぶせるこの手だった。
そうっと、そうっと指を伸ばして赤みの差した白く柔らかい頬に触れてみる。ほんの四角い指先が触れるだけで黒い筋が残った。
その気になればきっと、彼をこのまま眠らせ続け、自分の力で生きることだってできるだろう。
この手は、この両足は、ほんの少しだけズレてしまえば彼との関係を終わらせてしまうことが出来る。
このいわも、このほのおもすべてすべて、なにもかもをマクワから奪える。
「……せき……たんざ……。……きみはえらいなあ……えらい……硬くて……つよくて……かっこ……よくて……クレ……バー……で……ぼく……」
うっすら黒線のついた頬が緩やかな曲線を描いて揺れた。
トレーナーは知っていた。人の手で殴る程度では、硬質な皮膚と感覚を持つセキタンザンにとって、風に靡くティッシュが肌を撫でるようなものだ。くすぐったいだけで、彼の感覚を満足させることは出来ない。あの道具でたたかれるとき、いつもセキタンザンは目を細め、じっと動かぬようにする。しかし自然とマクワのほうに傾く場所がある。
胸の間の溝だったり、肩の後ろだったり、『いつもの場所』を叩くと棒と体の距離が縮まった。ぴったりとパズルがはまるようにつながる箇所を重点的に、よい力加減で刺激していた。
それは言葉よりも雄弁な、マクワの洞察と知識の賜物であり、気持ちだった。
今、マクワはずいぶんと無防備な恰好で眠っている。
気づいていても、気づいていなくても、バディは自分を、セキタンザンを『奪う』ものではないと、心の底から確信が出来ている。信頼していてくれている。
奥底からほのおがぐっと燃えてくる。
きっと今、時間は多少ずれていても同じ気持ちがここにある。
「いっしょ……」
同じもので返したいし、できれば共有してしまいたかった。
この種の檻と檻の果てに、明日の祈りを届けたい。
セキタンザンは一人掛けのソファで眠るいのちにゆっくりと手を伸ばし、岩の檻の中で優しく抱きしめるのだった。