結婚しよう、とマクワの声が躍った。
モニターの中では、すでにグリーンバックが失われて、鮮やかな青と白の花や教会の中に立つ、白いタキシードを身に纏ったセキタンザンがそこにいた。
ひゅんとスムーズに画面が切り替わったかと思うと、セキタンザンの巨体が衣服ごと全身を強い炎にまかれて空を跳躍し、教会の石畳の上へと降り立った。
まるでCGのようだが、ここは一切合成をされていないものだということは、何よりマクワが理解していた。角度は違えど、つい先ほどまで実際にこの目で見ていたものだからだ。
これは仮の状態だと監督から説明を受けていたが、映像について素人のマクワには完成形にしか見えなかった。もう明日からでも放映できそうだが、これが一般的にみられるようになるまで、まだ1か月以上先のことだった。
控室の壁に貼られたたくさんのスケジュール表を見ながら、マクワはおいしいみずのボトルに口を付けた。
今日はスポンサーからの依頼として、変わり種の季節もののCM撮影で一日を終えた。
主役はマクワではなく、セキタンザンだった。彼特注の衣装は今回新しく開発されたもので、非常に伸びが良く、強い日差しや高熱に強いポケモン向けの布。発売のアピールとして、セキタンザン用に純白のタキシードを着、実際に演技を行って、いわを放ったりほのおを吐くなどして見せた。
実際に着る時に担当者が着付けるところを見せてもらったが、なかなか興味深いものだった。可動域が人間と異なるため、全く同じ形では着衣が難しい。パーツ毎に分けられて、ひとつずつ巻いて止めるなどしている。
それでも造詣は完璧で、離れて見ればちっともわからない。ごつごつした石炭の肌を包むシャツも、たっぷり厚みを持たせたジャケットも、糊のきいたズボンも、どこまでも華やかで綺麗に見えた。これからひとつずつ外していくのが、とても名残惜しく思えた。
今こうしてマクワが間近で見ていても、焼け跡一つ残っていない。あの時確かにいつもと同じ程度の炎を吐き出していたのを、目の前で見ていたし、きっちり監修もしていた。
少しでも不足があれば、こちらからストップを出して再撮影を頼んだほどだ。出来る限りアピールはしておきたかった。
「……本当に結婚するみたいですね。……いや、きみは自由ですからそういう時がいつ来てもおかしくはないと思っています。いますが……」
「シュポォ」
「……ごほん。いえ、ぼくは……もともときみと婚約を考えていますからね」
セキタンザンが丸い目をぱちぱちと瞬かせた。
「……だってそうでしょう? きみとバディとしてチャンピオンになるなんて、結婚とかわらない……。それくらいの覚悟がないと務まりません」
マクワの言っていることがよくわからず、首を傾げた。
「……ああいや、きみを束縛する話をしたかったわけじゃなくて。その衣装は本当によくできていて……きみにピッタリです。なんだか今までにない魅力を感じるほどに。
しかし残念ながらそれは今後必要な現場があるそうで、買取は難しいといわれました」
「ポォ……」
「おや、やはりきみも気に入っていましたか。それはよかった。……よくないけど」
時計の針は夜を教えている。まだ退出の時間までは余裕があった。
「……それで考えたのですが。ぼくはきみに贈り物をすることにしました。
ふふ、これを贈り物と言っていいのかわかりません。でもぼくたちで築き上げたもの……きみに持っていてほしくて」
マクワは懐から指先サイズのベルベットのケースを取り出した。少し重たい蓋をぱかりと開くと、長いチェーンに繋がれた小さな小さなダイヤモンドが丁寧に磨かれて光を放っている。
「知っていましたか。きみがフレアドライブを使う時、ごく稀に発生するダイヤモンド原石があります。同じ炭素で高い圧力が掛れば当然反応してもおかしくないですからね。その中でも一際大きなものを拾うことが出来ました。それを……拙いですが、きみたちを研磨する技術を応用して、ぼくなりに削ってアクセサリーにしてみました」
「シュポォ!」
大きな分厚い黒い指が、本当に欠片のようなダイヤモンドにそうっと、壊れ物のように触れる。
「ふふ、普段のきみよりもずっと硬度は高いのですよ。……きみは、その……ぼくにとって一番のバディです。きみがぼくのバディで居てくれるから、ぼくはぼくで居られる……。
それはぼくが誰より知っているつもりです。だから、その……記念に、これを……きみに持っていてもらいたくて」
チェーンとチェーンを両手で掴んで宙に下げると、背中の炎の赤い光を帯びながらきらきらと光りを切り取っていた。
セキタンザンは、この色をなんだかとてもよく知っていると思った。赤を受けて放たれる煌めき。
「……ぼくよりずっと長く生きるきみです。ぼくが出来ることはたかが知れている。でも、だからこそぼくはきみに出来ることをしたいと思っています。ぼくが出来ることなら、何もかも……。
だからどうか、これからもずっと共にいてくれますように。
きみがぼくの夢そのものであってくれますように」
「シュ ポォー」
セキタンザンは、結婚というものを知っている。それは、この撮影のために覚えたことでもあるが、なによりマクワとマクワの母親のことをよくよく見てきたからだ。
ひととひとがその生をともに分かち合うことを約束する儀式。そこから生まれたのがマクワに他ならない。
自分もきっと、セキタンザンの誰かの儀式の中で生まれてきた。
けれど、マクワとの関係はもうとっくの昔に決まっていた。あの時、出会った瞬間から、共に過ごした時間から、今もモンスターボールという形を成して紡がれている。
けれども、ひととひとがつくった結婚という特別な儀式が紡ぐものも、きっと悪くないし、少しだけ羨ましいような心地が胸の奥で熱を持っていた。
だが今ここにある光を、セキタンザンは握りしめていた。
セキタンザンの手の中に収まるふたりの輝きの重なりは、これからも、いつまでも続いていく。走ってゆく。