ずっとやりたい仕事があった。
マクワの本業はジムリーダーであり、観客の前でポケモン勝負を行ったり、ポケモン及びジムトレーナーの教育と育成が中心だった。だがそれ以外のファンクラブのイベントを開いたり、精力的に活動していることは有名だ。
しかし他にも興味は尽きない。出来れば商品を勧めるものや写真の撮影にも携わりたいと思っていた。撮影のノウハウも、ファンからの出資で自分の写真集を3冊出している程度には経験がある。
スポンサーの担当と打ち合わせをするたびに、その辺りの仕事があればぜひ、と常に念を押していた。
その甲斐あってか、とうとうスポンサーからクライアントとして、新しい商品のCM撮影と、宣材用写真撮影の両方の依頼がやってきた。
「なるべくセキタンザンと一緒にお願いします。その方が良い画が撮れると監督の方から」
ポケモンにも、撮影用に訓練されたタレントポケモンがいる。けれど今回の撮影は、バディと一緒で良い、むしろバディとの撮影をしてほしいという話だった。
マクワは台本や香盤表などの資料を受け取り、目を通した。確かに撮影内容は、普段のトレーニングをしているセキタンザンであれば難しくないだろう。
スタジオ内でいつも行っている技を出し、それを撮影するだけだ。カメラや機材、スタッフに囲まれているという違いはあるが、問題はない。しかし折角だ、撮影内容に合わせた見栄えの良い見せ方をさせたい。もっとも、普段から客を沸かせる意識を持って訓練しているバディのことだ、そう難しくはないだろう。マクワは判断し、ジムでの業務終了後、練習を重ねた。
ひとの居ないキルクススタジアムの中で、岩を呼び出させる。スマホロトムに撮影させて、見え方を確認する。今RECを回していた映像をじっと睨むように見つめた。
「撮影用なので、もう少しゆっくり落とせますか。……ああ、今のタイミングはよいです。もう一度行きましょう」
セキタンザンはじっと意識を集中させて岩石をいくつも呼び込むと、空中からばらばらと振り落とす。煙が上がり、乾いた砂の香りが辺りに広がった。
「……その高さだとどうしても小さいものが目立ちますね。サイズをある程度一定に保てますか。練習してみましょう」
「シュ、シュポォー」
再び宙に岩石が浮かび上がる。マクワの指示通り、岩の大きさを揃えるように意識を変えた。そしてスマホロトムの前に転がした。
「もう一度」
それから同じことを何十回も繰り返し、ようやくセキタンザンは解放されるのだった。
どっと身体の奥から疲れが溢れてきて、それを捨て去るように大きくため息を吐き、その場に座り込んだ。
「お疲れ様でした。明日の撮影は滞りなく出来るでしょう。楽しみですね」
「ボオー」
マクワがミックスオレを渡すと、瞬時に空瓶の硝子の底が光を通し、床を照らす。
2人はまだ気が付いていなかったが、既に日付を跨ぎ越し、明日は今日になる頃だった。深夜のキルクスタウンには、しんしんと雪が舞い降りていた。
◆
迎えた本番のことは、セキタンザンの記憶のなかにはなかった。
撮影スタジオは広いものの、たくさんの人がいて、たくさんの機材がセキタンザンを取り囲んだ。クレーンに乗った人間とカメラや、横のカメラ。それに謎の白い板を持ってセキタンザンの前に座り込む人。大きなモニターが自分の方を向いて置かれていた。他にも無数の人が同じ室内にいる。
背景も床も全部緑色に塗られていた。一度技を繰り出すたびに、出した岩を片付けるため動かなければならず、何度も移動するはめになり、その度にもう一度集中を取り戻さなければならない。マクワとやった練習とは全く違っていた。
さらにこれにはマクワもしっかりと見ていて、少しでも出すタイミングがずれたり、形状が違うとこの撮影を取り仕切っている監督よりも先に指示を飛ばすのだった。
「岩が揃っていません。……時間はまだありますか? 撮り直しをお願いしたいです」
「OKです。ではテイク4-5!」
カチンコの音が何度も高らかに響いた。それでも撮影自体はスムーズに進み、予定よりも早めに終了した。マクワだけでなくセキタンザンも花束を受け取り、撮影スタジオから出た。
控室で帰り支度を済ませセキタンザンをボールに戻す。外に出るとスポンサーであり、マクワとの窓口を担当している男が見送りに現れた。
「いやあすごかったですね、マクワさん。厳しいと聞いていたけどここまでとは」
「見苦しく申し訳ありませんでした」
「とんでもない! すごくいいのが撮れたって監督もカメラマンも喜んでました。実は最後のセキタンザンのシーン、最初はなかったけどあまりに上手く撮影してくれるからって、当初と変更してセッティングしたんですよ」
「そうだったのですね。それはよかったです」
「十分セキタンザンもタレントになれるんじゃないですかね。……いっぱい練習したでしょう? お忙しいのに……本当にどうしてそこまでしてくれるんですか? ああ、お聞きしたかったんです、どうして撮影に拘ってらしたのか知りたくて」
「いえ……ただぼくが負けたくないだけです。彼を……いわポケモンを魅せることに関しては誰よりも、ずっと上でありたい。撮影の仕事は……証拠としてずっと残りますから」
(ああ、そうか。マクワさんは元々こおり使いの家系で生まれ育った後継者で……)
開け放しの玄関から凍えるような冷たい風が吹いた。サングラス越しに見える青い氷の瞳には、硬い意思がじっと浮かんでいた。男は軽く手を叩く。そうすることで彼の背中を押し、彼がいわタイプへと抱える『見えざる距離』を狭めてあげられるような気がした。
扉の外では、既にアーマーガアタクシーが待っていた。
「今日は本当にありがとうございました、それではまたよろしくお願いします。次連絡する時には完成品の確認をお願い出来るかと」
「こちらこそありがとうございました。楽しみにしています。また撮影の機会がありましたら、是非」
マクワが後部座席に乗り込むと、男はお辞儀をした。アーマーガアが大きく羽ばたくと、タクシーが高く高く舞い上がった。