お酒を飲むマクワとセキタンザン

人間には酔いたくなる時があるらしい。マクワは時々飲酒をしている時に俺を呼ぶ。そういう時のマクワは、いつもとは全然違う雰囲気で、ずっと機嫌がいい。きっと本人に伝わってしまったらあっという間にその魔法は解けてしまうだろうと思うが、メロンさんそっくりだ。
酔ってない時では絶対に言わないようなこともたくさん俺に言う。

「ふふ……うれしいですか。……きみはほんとに……かっこいいなあ」

俺がマクワを見ていると、急に眉間にしわを寄せ始めた。力の篭った対の眼には涙が浮かんでいる。晩酌の時、ふわふわと上機嫌になることは多いが、泣き出す事はあまりない。
俺は思わず声を上げる。

「シュポォ!?」
「……きみがあんまり幸せそうに笑っていて……ふふ」

それは、普段誰も知らないマクワの中の不安の気持ちが形になった物だった。マクワは零すことなく指で拭い去り、消してしまった。しかし俺が幸せだと泣くなんて、ひどいことだなとも思った。
けれど俺は、俺だけはマクワのことをなんだって知っている。
マクワがひとりの人間としていろいろな問題を抱えながらジムリーダーとして立っていること。
その最もたるは、マクワが本当はこおりジムのジムリーダーとして期待されて生まれ、育ってきた。しかし彼は自分の意思を貫き通して、俺と一緒にいわジムのジムリーダーになったこと。
マクワはいわタイプのポケモンのことが好きだけれど、彼自身まだ日は浅く、内心いわタイプとの間に隔たりのようなものを感じていること。
だからこうして俺がマクワといて喜んでいること、それ以上にマクワが喜ぶことがあること。つまりうれし泣きというやつだった。

「ぼくがトレーナーなのは……当たり前ですけど……でもいわタイプのトレーナーになれたのはきみがついてきてくれたからに他なりません。きみは……なんてことないタンドンでした。けれど……ぼくについて来てくれる。すごいこと……です」

どうだっただろうか。ただ一緒に居たかった。一緒に居て楽しかったし、心地よかったことだけはずっと覚えていた。だからボールに収まることも苦じゃなかった。それは進化して、生活が変わった今もずっと変わっていない。
なんてことなかったから、特別をたくさんくれるマクワとは相性がよかったのかもしれない。
きっとそれが別のタンドンであっても、優秀なトレーナーたる彼は根気良く育てただろう。そして母親から分かつ力を得て、立派に彼の隣を勤め上げるだろう。俺たちはそういう生き物だ。

「……きみ、いま……他の子でも変わらないって思いましたね。……そんなことはありません。きみは……きみだからついて来れたのです。誇ってよいです」
「シュポォー」
「そうです……それでよいのです。それで」

でも。俺は代替の効く俺だからこそ、こうして今、マクワがたくさんくれる特別がどれだけすごい物か、実感できる気がしている。俺にはマクワの真似は絶対に出来ないのだ。
そうしてひとりで満足していたせいだろうか、缶を煽ったマクワがじっと向こうの壁を見つめていた。

「……きみは本当に……ずるいです。ずっとずっと強くてカッコよくて……硬くて……あったかくて……」
「シュポォ」
「ぼくは絶対に届かない。でも……同じ夢を見てくれて……こうして一緒にお酒の時間まで共有してくれる。……どうかきみが……きみの時間をぼくと分けることを許し続けるその日までは……ぼくと共に同じ夢を見させて。……必ず損なんてさせません、最高の」
「シュポォ!」

マクワの言葉を遮って首を振った。それはマクワのいつもの言葉だけれど、俺にとっては一緒にいるために必要な言葉じゃなかった。
いつだって同じ場所に、同じ気持ちを置いておきたい。順番や速度は違ってもいい。たった一つだけ、同じ高さにいないのは、俺がいやだった。
もう決めている。マクワが俺の事を必要とする限り、最期まで共に一緒に居たいのは俺だ。それも同じ気持ちだと知っていた。
マクワはまた眉間にぎゅっと皺を寄せて、だけどすぐに表情を変えて笑った。

「本当に……ありがとう」