Laplace’s demon

(某ゲームパロディアイデア・峻厳なお母さんを殺してしまう息子の話)

探している。探している。探している。
何もない部屋。空間。薄水色のハンカチ。
ちいさなラプラスがぼくに話しかける。なにを?
ただじっと高い高い天井を見つめている。見つめている。だいじなこと。
だいじょうぶ。だいじょうぶだ。見つめている。見つめている。見つめている。
きょうもぼくは、ぼくでいられている。ちゃんとぼくでいられている。見つめている。見つめている。わすれること。おもいだすこと。見つめている。
おもいだしたくないこと。見つめている。わすれてはいけないこと。
眠りについたから立ち上がって、木造りの扉のドアノブに手を掛ける。重たい。
ぎしぎしと軋みながら扉は開いた。

「お、やっと来たか! 待ってたぜ」

見慣れた控室の中心から、駆け寄って来たのはキバナさんだ。ぼくを見つめると、人好きのする顔でにへらと笑った。
奥からはルリナさんが不服そうな顔をしていて、その向こうで母が笑っていた。

「本当本当、もう脳トレ代わりにカードゲームするのも飽きた所だったわ」
「キバナくんったら、すぐ顔に出るからねえ」
「メロンさんが容赦ないだけですよ!」
「あはは」
「それじゃあ早速、私の相手をしてくれる?」

ルリナさんからのバトルのお誘いにぼくはちらっと母の顔を見て、すぐに頷いた。いつも通り何も変わらない、にこにこ上機嫌の笑顔だ。

「マクワはメロンさんが心配なんだよな」

目敏いキバナさんが、母に言った。

「あら、どうして?」
「それは大事な母親だからだろ? なあマクワ」
「まあ……そうですね」

そう、なんとなく母が心配だ。なるべくバトルから遠ざけておきたい気持ちがある。
何故なら母は既に引退し、ぼくがラプラスごとこおりタイプを継承しているからだ。
けれども子供心にそんなことを言えるはずもなく、ぼくの口から突いて出たのは曖昧な返事でしかなかった。
あまり見られたくないという気持ちが混ざったことも、正直否めないことは確かだ。母であり師匠である母親が、何と言ってくるかは大体想像が出来る。

「まあ、って何よ」
「いえ、なんでもない、です! それより、スタジアムへ行きましょう。もちろん、ぼくが相手を務めますから」

ぼくが繰り出すのは当然バディのラプラスで、ルリナさんは惚れ惚れするほど美しい投球フォームからカジリガメを呼びだした。一気にスタジアムを凍らせて、場のイニチアチブを掴み取るのは母から受け継いだ試合方式だ。
だがしかし、完璧に母の方針をなぞったにも拘らず、ルリナさんとカジリガメは粘り強く対抗し続けて、ぼくらから勝利をもぎ取った。

「……流石、おみごとでした」
「マクワくんもすごかったわ。あの瞬間のれいとうビームにはやられたもの」

控室に戻ると、早速母が薄水色のハンカチを取り出して、濡れたぼくの顔を拭きながら言う。ぼくの師であり母であるメロンは、当然のように小言が

「マクワ! 惜しかったね、あと少しだったのに」
「だよなあ。あのルリナに勝った!って……一瞬俺も思ったからな」
「落ち込んでいいんだよ。……なんなら膝枕でもしてあげようか?」
「負けたら誰だって凹むもんなあ」
「……」
「マクワ?」

ぼくは思わず後ろに下がる。ああ。違う。ダメだ。うまくできない。ぼくでいられなくなる。ここはぼくなのに。ぼくは。

「そうだね。……あたしはそんなに優しくはなかったかもしれないね」

ぼくの後ろで、記憶の中のだれかが囁く。

「ちがう」
「あたしはあんたにずっとずっと厳しく当たってたもんね」
「ちがう……」
「だから、耐えられなくなった弱いあんたは……あたしを」
「ああああッ」

まるで世界が氷漬けになったかのように動きが止まり、そして罅が入っていく。
あの日、あの時。雪山での鍛錬の帰り道だった。峻厳な訓練が終わって、へとへとだったぼくは、同じくへとへとだった母親の長い小言につい感情的になってしまった。
もっと邏?譌ゥ縺?ち繧、繝溘Φ繧ー縺ァ莉墓寺縺代◆ほうがいい。どうして仕掛け繧峨l縺溘ち繧、繝ングで繧後>縺ィ縺?ン繝シ繝?縺ョ蛻、譁ュ繧剃ク九☆莠九′こうできない!?
自分だってわかっている。でも出来ないものは出来なかった!
つい手で背中を叩いてしまって、母はよろけて、それから、その先に堅い岩があって……。
後はもう半狂乱で覚えていない。鉄の臭いと、明るい満月の光。
自分がお母さんの事を憎んでいて、この時をずっと待っていたのか。
それとも本当は愛していて、ただの事故だったのかさえもう上手く思い出せなくなってしまった。
だからぼくはぼくの中の世界を彷徨い続ける事で、「お母さんを愛していた事実」を探さなければいけないのだ。
ああ、今日もうまくできなかった。やりなおそう。あれは確かに母だったかもしれないけれど、母ではなかったから。母ではなかったから。
弱いぼくは現実と妄想の狭間でいつもエラーを起こしてしまうけれど、次こそはきっとうまくできる。
次こそは、ぼくはぼくの中で、ぼくが考え得る一番正しくて幸せな物語を探してみせるのだ。
いつか、その記憶を握りしめて、外に出られる勇気が生まれるその時まで。