日が降り注ぐ海辺の空を、ペリッパ―たちが渡っていく。
時折立ち上がる波濤は、たっぷりの織物が伸びるように嫋やかかと思うと、いきなりうねりを上げてマクワを乗せた白とブルーのサーフボードをぐんと強い力で引き寄せた。
「ぐう!」
近くの海中から、波の様子を伺っていたガメノデスが、合図を送ってくれていたことに、マクワは今頃気付きながら、冷静に、冷静にと息を落ち着かせる。
おおきな波紋は高々と上背を伸ばしながら、すぐに陸の方向へと進み出した。波は高い。背の高い波であればある程、波に乗りやすいことは、既に本や映像で予習済みだった。
ボードの上でうつ伏せにしていた身体を一瞬で持ち上げて、足は中心の軸に揃えることと、左右にぶらさないこと、それから、それから。
しかし、頭でわかっていても、身体はなかなか追いつかない。ひたすらまっすぐに進んだサーフボードは、あっという間にコントロールを失ってしまい、マクワの身体は海水に沈むことになった。
「うわっ」
激しい水飛沫の音と、波が割れる音が同時に浜辺一帯に広がる。水面へとゆっくり浮上している途中、ガメノデスに助けを受け、ボードを拾い上げながら、一緒にきらきら輝く水面を叩いた。
「……ありがとうございます。もう一度チャレンジしてみます」
ガメノデスは何も言わず、ただ頷いてマクワの挑戦を見守り、手伝ってくれている。マクワの下に次のCM撮影でイメージショットとして、サーフィン姿が撮りたいという依頼が届いたのは先日の事だった。正直なところ、海辺のスポーツであるサーフィンとは、縁遠いものであり、全く触ったこともない、というのがマクワの状態だ。
実際の撮影ではプロサーファーやポケモンの補助、場所もプールを使用するなど、サーフィン初心者のマクワに配慮したものである。
だがしかし、マクワもどうせ撮影するならばと、こうして訓練の合間、実際に練習して、撮影の当日に見映えするものが撮れるように拘りたいと考えての事だ。
最初は立つ事も難しかったが、何度か練習しているうちにすぐにコツを掴め、ここまで持って来る
ことが出来た。
「が!」
ガメノデスの合図が耳に届いた。また波が来る。この波のタイミングを掴むことはどうしても素人では難しい。ガメノデスがいて本当によかった。
陸に向けてボードに乗り、青い海の中をぷかぷか浮かぶように、強く、素早くパドリングをする。また、すうと身体を大きく引っ張るような強い力が、全てを押し流さんばかりの大波が、巨躯のマクワの身体ごと呑み込もうとする。
この波を掴む。ボードが浮かぶ。身体がふわっと軽くなって、波の上に立つマクワ自身がいる。
ボードがどんどん進んでいく。
高い所から、浜辺でトレーナーの帰りを待つセキタンザンの姿が見える。
前に進みゆくサーフボードを踏み込むと、ボードが沈んで大きく揺らいだが、しかし確かに波の上で、マクワはぐるんと宙に浮かび、さらに捻って回転した。
そして一人進み続けるサーフボードには着地出来ず、そのまま波濤の腕と共に水中に飛び降りて、再び浜辺をどぼんと大きな音で賑わせた。
◆
「……はぁ……はぁ……温かい……」
ガメノデスと共にマクワが海水から上がり、砂浜で2人の特訓を見守っていた、セキタンザンの元へと戻る。彼に持たせていた大きなタオルを受け取ると、横に置いておいた携帯用の小型のパイプ椅子に座って、身体の水気を拭き、足についた砂を払う。
「……海は砂を意識するのが……少しだけ苦手ですね。少しだけ、ですけど」
「シュポー」
それから持ってきた水筒のおいしいみずを飲み、運動し続けて切れた息を整える。長い間冷たい海水の中にいたせいか、手先が冷たく、身体が震えて仕方がない。
セキタンザンは何も言わないが、体温を少しずつ上昇させてくれているのが、マクワには身にしみてよくわかった。じんわりと伝わって来る温度が、心底から沸き立つようなものに変わっていくと同時に、安心の余り、このままコントロールを手放してしまいたいと言っている。
マクワにとって水中訓練とは無縁だったが、新しいセキタンザンの可能性を垣間見たような気がした。
空はまだ高く、蒼空に白くて大きな雲がふわふわと揺られながら、マクワの目の前に浮かび、なにやら誘惑するような心地よささえある。
「ああ……『水』とセキタンザンは……なんだかとても良い組み合わせ……なのかも、なんて。きみは嫌かもしれませんが……」
「シュポオ」
蕩けそうな瞼に、両手でぱちんと頬を叩く事で気付をし、マクワは改めて首を振った。そして一呼吸おいてから、相棒たちに向き合い直した。まだよ。まだもう少しやらなければならないことがあるのだ。
「……練習に付き合って頂いたおかげで、なんとなく見えるものがありました。当日はきっと良い撮影が出来ると思います」
「シュポォー!」
「ガァ!」
「次はきみの……きみたちの番ですからね。ぼくは、今向こうまで遠泳もしてきたのですから」
「ボオ!」
「あれ、思ったよりやる気……え、いやバク宙はしなくていいのです。ダメです」
「ガッ」
「ガメノデスまで! きみは出来そうなのが……おしいですね……! あ、いや違いますから!」
そうして今日もトレーナーとポケモン達の訓練の一日は過ぎていく。
空の陽ざしはまだまだ柔らかい日差しが降り注いでいた。